二刀流 その8

 

本日紹介するのは、野球とフットボールの二刀流です。

 

画像は、D・J・ドージャー外野手です。

 

83年にデトロイト・タイガースのドラフト18巡目を受けましたが、契約せず大学に進学し、フットボールをプレー。

 

 

87年ミネソタ・バイキングスのドラフト1巡目指名を受けてフットボール選手としてプロキャリアを始めます。

 

87年〜92年バイキングスとデトロイト・ライオンズで計5シーズンプレー。

 

ランニングバックとして通算691ヤードを稼ぎ、NFLでもしっかり活躍。

 

90年にアマチュアFAとしてメッツと外野手として契約。

 

83年のジョン・エルウェイ、86年のボー・ジャクソン、89年のディオン・サンダースとNFLのドラフト1巡目を受けながら野球に挑戦したキャリアで注目を集めます。

 

90年のマイナーでは1A+と2A合わせてシーズン15本塁打80打点36盗塁をマークし、ベースボールアメリカ誌が選ぶトッププロスペクト100の44位に選ばれ翌92年同99位にランクされるとついに5月に26歳でメジャーデビュー。

 

 

しかし、外野転向が本格化したハワード・ジョンソン、FA加入のボビー・ボニーヤ、前年7年連続盗塁王としてFA加入したビンス・コールマンというオールスターメンバーに割って入ることができず、25試合で打率.191、0本塁打2打点4盗塁と実力を発揮できず、

オフには後に西武でプレーすることになるトニー・フェルナンデス内野手とのトレードでパドレスに移籍しました。

 

結局93年にパドレスとカージナルスの3Aで1年プレーするも満足な活躍はできず、メジャーに戻ることなくキャリアを終えました。

 

カージナルスの3Aルイビルでは、同じ二刀流のブライアン・ジョーダン外野手とすれ違うように所属。

 

ボー・ジャクソンの成功から二刀流が最も盛んだった時期の知る人ぞ知る選手の紹介でした。

 

 

| 二刀流 | 18:32 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
野球と街着 番外編

 

本日紹介するのは、NBAのジャージです。

 

フィラデルフィア76ersのオーセンティックジャージ。

 

背番号42番は、、、

 

 

ジェリー・スタックハウスです。

 

 

95年ルーキー時代のジャージは、左胸上をよく見るとNBAロゴが50周年を記念して金色になってます。

 

当時NBAにマイケル・ジョーダンが復帰して優勝に返り咲いたシーズンということで日本でもバスケ熱が高かった時代で、個人的にはMLBも含めていろんなアメリカンスポーツのジャージを買いあさった時代でした。

 

ナイキ、コンバースあたりのバスケットシューズが売れまくり、何か違うメーカーのスターモデルが欲しいと思っていた頃にフィラと契約をしていた珍しい選手というだけでスタックハウスに注目して購入したというジャージです。

 

本当はマブスの3ジェイのひとりジャマール・マッシュバーンやデトロイトのグラント・ヒルもフィラでどっちかというとマッシュバーンのシューズが欲しかった思い出がありますね。

 

とはいえ後にオールスター選手となり、18シーズンもプレーし、引退後も下部リーグのヘッドコーチで表彰されるなど、今後NBAのヘッドコーチになれるかもという大物になったのは感慨深いところです。

 

今ではMLBで全球団永久欠番の42番を着け続けた(バックス時代だけ24番)アスリートとしてスポーツは違うものの、カッコイイコレクションのひとつになったなと思います。

 

体も細いのでバスケのジャージを街中で着るのは、難しいですが思わず買ってしまうバスケネタ。

 

まだほかにもあるのでまた紹介したいと思います。

 

 

 

| ファングッズ | 18:15 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
本 その119

 

本日紹介するのは、誠文堂新光社より発売の佐藤政人著の

 

『世界のサンドイッチ図鑑』です。

 

 

スタジアムフードの定番ともいえるサンドイッチ、ホットドック、ハンバーガーなどを世界各地のご当地サンドとして紹介。

 

およそ280のサンドイッチにそれらを挟むパンの種類や作り方、具材と合わせるソースのレシピなどがこれでもかと掲載されています。

 

サンドイッチは全編カラーで写真入り、作られた背景や名前の由来などのエピソードもあり、非常に面白い一冊です。

 

世界各地から集められたサンドイッチ情報は、見るだけで楽しいだけでなく、これは家でも作れるんじゃないかというものもあり、新たな家での食事のレパートリーになりそうなものもあり、何度も読み返して楽しめそうです。

 

影響を受けて思わず作成したのは、、、

 

 

特に掲載されたわけではありませんが、、サラダ用の細切れローストビーフと生野菜、チェダーチーズをマスタードソースで挟んだサンドです。ちょっとシャレた雰囲気にライ麦パンを使用。

 

また、アイルランドで実際にあるという本書の中で紹介された一品。

 

 

クリスプ・サンドイッチはトーストしてないパンにバターを塗り、ポテトチップスを挟んだだけという信じがたい一品。

 

誰でも作れる簡単サンド、今回は素材にこだわり?プロ野球チップスを使用。

 

これが案外美味しかったという。。。。是非お試しあれ。

 

スタジアムに家で作ったサンドイッチを持って出かけたりするのも楽しいかもしれませんね。

 

 

| | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その123

 

本日もファミリーネタです。

 

いつも紹介する選手が古くないか?と思われるかもしれませんが、90年代にメジャーを見始めただけにこの頃の選手がついつい取り上げたくなるんですよ。

 

さ、今回は最近です。

現役選手ですよ。マイナーリーガーですが。。。

 

本日は、ダービー・マイヤーズ外野手です。

 

2006年フィリーズのドラフト4巡目指名でプロ入り。

 

同期のドラフト1巡目組は、ロンゴリア、カーショー、リンスカム、アンドリュー・ミラー、チェンバレンなどすでにメジャーで大活躍し、中心選手やベテラン選手として活躍、あるいはすでに引退し始めた選手までいるという中、マイナーで実に12シーズンプレーし、まだメジャー昇格はありません。

 

ちなみにこの年の1巡目には、カープのジョンソン、オリックスのマレーロ、元ライオンズのレイノルズという選手たちの名前も。。。

 

ベースボールカードの情報によると13歳にしてアストロズの本拠地、ミニッツ・メイド・パークで柵越えを打ったという神童ぶりだそうです。ただ、、試合なのか練習なのか、金属バットなんだろうかといった情報は不明です。

 

 

しかしプロのキャリアでは12シーズンで二桁本塁打なし。と長打力が売りという選手ではない模様。

 

7シーズンをフィリーズ傘下でプレーするも13年にアスレチックス傘下へ移籍し、2Aミッドランドでシーズン最多の33試合連続安打を記録し、注目されます。14年もミッドランドでプレー。当時のチームメイトといえば。。。

 

 

そう、現オリックスの中島選手です。

 

結局メジャー昇格ならずで15年にエンジェルス傘下に移籍し、何とか3Aまで昇格するもリリース。

 

16年、17年は独立リーグでプレーするというキャリア的には現役ながら崖っぷち付近です。

 

しかし、まだ28歳、今年は独立リーグとはいえキャリア最高の打率.337、31盗塁という成績をマークし、オールスターにも選出されたということでいつかのメジャー昇格があるかもしれません。

 

独立リーグも経験した苦労人、マイヤーズ。なんて日が来るかも。。。

 

知る人ぞ知るマイナーリーガー、マイヤーズ選手の前置き紹介が長くなりましたが、彼のファミリーネタはいとこが超ビッグネームなんです。

 

それが、この人。

 

 

NBA史上最高のセンターと言っても過言ではない、シャックこと

 

シャキール・オニール選手なんです。

 

彼については説明の必要もないですね。

 

その経歴は、書ききれないほど多いので割愛します。

 

ちなみに前回ファミリーネタで出したレジー・ミラーとオリンピック・アメリカ代表のドリームチーム2の中心選手つながりだったということで1回で紹介するつもりが、長くなったので2回に分かれたというネタでした。

 

 

 

 

 

 

 

| ファミリー | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その122

 

ネタがたまってきて、最近更新するたびにファミリーネタか二刀流ネタですが、今回もファミリーネタでご紹介。

 

メジャーリーガーのファミリーは、バスケ編です。

 

画像はダレル・ミラー選手です。

 

79年のドラフト9巡目でカリフォルニア・エンジェルスに指名されプロ入り。

 

84年〜88年の5シーズン、エンジェルスで控えの捕手として活躍。

一塁、三塁、外野、DHなどあらゆるポジションで活躍するも通算成績は224試合出場で打率.241、8本塁打35打点という成績に終わりました。

 

マイナーでは11シーズン通算打率.282、65本塁打397打点とコンタクトヒッターとして活躍。

 

 

32歳でキャリアをマイナーリーグで終わるとMLB主催のユース育成アカデミーを運営し、未来のメジャーリーガーを育てることになりましたが、トレイボン・ロビンソン、エフレン・ナバーロという渋い選手が卒業生としてメジャーデビューを果たしてます。

 

そんなダレル・ミラー選手は現役時代から兄弟のほうが有名でした。

 

まずは彼の妹さんが、、

 

 

ロス五輪の女子バスケ金メダルチームの中心、後のバスケ殿堂入りを果たした女子バスケ界の歴史的選手シェリル・ミラーさんです。

 

ダレルが引退後もWNBAのヘッドコーチやフロント、ブロードキャスターとしても活躍し、

アメリカ女子アスリートの知名度ではトップクラスのスターとなってます。

 

更にバスケファンならもうおなじみ、シェリルの弟と言えば、、、

 

 

こちらもダレル引退前は学生スターでしたが、NBA入りするとミスター・ペイサーズとなる活躍。

こちらも今や殿堂入り選手となったレジー・ミラー選手です。

 

引退後レイ・アレンに歴代最高3ポイントシュート得点の通算記録を抜かれるも今も歴代2位の記録を保持。

 

96年のアトランタ五輪ではドリームチーム2の一員として金メダル獲得。

 

オールスター5回、大学、NBAペイサーズの永久欠番31番というバスケファンなら知らない人はいない伝説の選手です。

 

ちなみにシェリルも背番号は31番、ダレルは32番。惜しくもみんな一緒でなく背番号一つだけ上をいく兄。

 

兄へのリスペクトだったりして。。。

 

ミラーファミリーの締めはダレルの息子さん、ダレル・ミラーJr.が2012年ドラフトでフィリーズに34巡目指名を受けるもプロ入りせず進学。そして今年ドラフト外ながらロイヤルズとマイナー契約し、ルーキーリーグでプレーしました。

 

背番号32番、48試合で打率.376、5本塁打43打点と父譲りのコンタクトヒッターになるか今後が楽しみです。

 

 

| ファミリー | 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
芸術の秋2017

 

芸術の秋ということで、本日はベースボールイラストレーターの

 

横山英史氏の作品展に行ってきました。

 

大阪北新地のバー

 

Scottish Bar THE ROYAL MILE を会場にメジャーリーグを中心とした数々の野球イラストやこれまでの横山氏の作品が採用された雑誌や媒体などが展示されています。

 

雰囲気のある小さなバーで大人な感じでドリンクも提供されながら作品を楽しむというひと味違った展示会でした。

 

明日9日(月・祝)も11:00〜19:00まで開催中。

 

試合観戦とは違った野球鑑賞もなかなか新鮮ですよ。

 

お近くの時間がある方は是非!

 

| くらし | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
フード その203

 

久し振りのフード紹介は、夏場に行った三重県の鳥羽でいただいた一品。

 

鳥羽界隈でいろんな店舗がオリジナルバーガーを販売してまして鳥羽をアピール。

 

その名も『とば〜が〜』です。

 

 

そして鳥羽駅前の鳥羽1番街にて購入は蛸のマヨナッツドッグ。

 

バーガーとはいえ、ホットドッグ好きとしてはこれしかない。と思う逸品でした。

 

 

答志島でとれたタコをから揚げにしてナッツと自家製ソースというオリジナリティにひかれました。

 

しかもこの時答志島に訪れていたのも選んだ理由のひとつ。

 

テイクアウトで特急でいただこうとしたらば、やはり相棒も必要でしょう。

 

 

てことで伊勢の地ビール、神都麦酒(しんとビール)です。

 

ちょっと涼しくなってからの紹介ですが、夏らしいホットドッグ紹介でした。

 

 

 

| フード | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その7

 

本日紹介の二刀流は、二刀流史上最も野球で成功した選手といっていいでしょう。

 

カージナルス、ブレーブス、ドジャース、レンジャーズなどで15シーズンもMLBで活躍したブライン・ジョーダン外野手です。

 

この名前でこの画像を見ると、バスケとの二刀流かと思いきや。。。

 

 

89年〜91年まで3シーズン、アトランタ・ファルコンズのセーフティーとして活躍しました。

 

85年にはインディアンズのドラフト20巡目で指名されるもプロ入りせず、88年にカージナルスの1巡目指名でプロ入り。

92年にMLBでデビューし、15シーズンもプレーし続けました。

 

マイナーリーガーの間にNFLでプレーしました。

アトランタ・ファルコンズということで、二刀流史上フットボールで最も成功したといっていいディオン・サンダースとNFLでチームメイトだったという縁があります。

 

フットボールでは3シーズン、タッチダウンなしとはいえ、最後の2シーズンはシーズン15試合の先発出場でロースターにいるだけという選手ではなかったところも野球に専念しなくても何シーズンかはプレーできただろうという存在でした。

 

野球は、20本塁打以上のシーズン4回、20盗塁以上のシーズン2回、100打点以上のシーズン2回、打率3割以上のシーズン3回、通算打率.282とバランスのいいプレーを見せるとともに125試合以上出場が7シーズンとケガの少ない選手として活躍しました。

 

99年にはオールスターにも出場。ワールドシリーズ制覇はないものの、カージナルス、ブレーブスなどで5シーズン、38試合に出場したプレイオフでも通算6本塁打27打点と勝負強さを持った名選手でした。

 

フットボール、野球の両方でアトランタに在籍したことからホームランの後にファルコンズのタッチダウンセレブレーションのダーティーバードダンスをしながらホームインするといった魅せる技も持った一面もあり、出身はオリオールズのあるメリーランド州ながら第2の故郷ともいえるジョージア州アトランタでテレビ解説の仕事など今も人気の元メジャーリーガーです。

 

いよいよフットボールシーズンも始まったということで、MLBとNFLの二刀流紹介でした。

 

 

 

| 二刀流 | 17:39 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その121

 

自伝本発売企画?ペドロ・マルチネス投手のファミリーネタを紹介します。

 

デビュー当時のドジャース時代のカードですが、かなり体がスリムに見えますね。

 

キャリアについては8度のオールスター、3度のサイヤング賞受賞、ワールドシリーズ制覇、シーズン20勝2度、最優秀防御率5回、最多勝1回、最多奪三振3回、レッドソックスの永久欠番45と数々の歴史に残る成績を挙げ、殿堂入りも果たしているので、もはや説明不要ですね。

 

そんな彼も自伝で書かれていたように、ドミニカでのドジャースアカデミーやマイナー時代は、この人

 

 

5歳上でドジャースのエースとしても活躍したラモンの弟としてファンからも知られる存在でした。

 

84年ロス五輪のドミニカ代表で16歳にしてプレー、ドジャース入りをすると88年にはリーグ最年少のメジャーデビュー、90年には1試合18奪三振を含むシーズン20勝を挙げ、オールスターにも選ばれています。

 

野茂投手がデビューした当時のチームのエースだったこともあり、日本のファンにも記憶にある方も多いと思います。

 

肩の故障の影響でキャリアは短いですが、ペドロにプロ野球選手として目標を与えた存在として、その功績は成績では表せないものがあります。

 

もちろん14シーズン、通算138勝も立派の一言です。

 

 

マルチネス兄弟の話題と言えばここまでは、メジャーですが、もう少しマニアックなところで、、、

 

 

ペドロの3歳下に左腕の弟、ヘスス・マルチネスがいました。

 

こちらもラモンの影響かドジャースのマイナーリーグからプロ入り、期待の投手ではあったものの、奪三振の数に負けないくらい与四球もあるということで、兄より制球に苦しむタイプだったようです。

 

 

当たり前といえばそうなんですが、兄たちに似てますね。。

 

実はメジャーでの成績は残らず、マイナー最高位は3Aでのプレーになってますが、96年にメジャーに昇格をしていました。

 

マイナー2Aで初の二桁勝利を飾り、9月のロスター拡大で昇格するも、一度も登板することなく終わりました。

 

97年には新球団として誕生するダイヤモンドバックスの拡張ドラフトで3位に指名されるなどいよいよデビューかと期待されましたが、デボン・ホワイト外野手とのトレードでシーズン前にマーリンズへ、更にエリック・オーウェンス外野手とのトレードでレッズへと移籍しました。

 

99年にはラモン在籍のレッドソックスへ移籍するもマイナーを卒業できずインディアンズ、メッツのマイナーを渡り2001年でキャリアを終えました。マイナー通算47勝と平凡な成績に終わったものの、もう少し低迷している球団のマイナーならデビューして3兄弟でメジャーになれた可能性もあったんでは?と思ってしまいます。

 

更にファミリーネタは続き、、、

 

 

04年〜10年にメジャーで活躍したデニー・バティスタ投手は、いとこになります。

 

ペドロには、メジャーとの契約にも一役買ってもらい、オフには一緒にトレーニングをして教えてもらったというチェンジアップやカーブを操るというネクスト・ペドロになるかという期待の逸材でした。ロイヤルズやパイレーツで活躍、メジャー最終年はジャイアンツでプレーし、シーズン終盤までメジャーには在籍できなかったものの、ワールドシリーズ制覇のチームの一員ということでチャンピオンリングを持ってます。

 

11年から13年は韓国のハンファでプレー、14年にはメキシコにも渡って、15年シーズン、マルチネス家全員が在籍経験のあるレッドソックスのマイナーでプレー、1A中心でプレーだったので、今季話題のリン、ベニンテンディ、ディーヴァースらともプレーしているという、最近のファンにも身近に感じるキャリアでした。

 

投手家系のマルチネス家ですが、ついにペドロの息子さん、ペドロ・マルチネスJr.が内野手としてプロ注目の国際プロスペクトだそうです。動画サイトなどにはフェンウェイパークで行った打撃練習の姿なんかもUPされてます。

 

殿堂入りのプレッシャーに負けず、メジャーに現れるか? 楽しみですね。

 

 

 

 

| ファミリー | 01:14 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
本 その118

 

本日紹介するのは、東洋館出版社より発売

 

『ペドロ・マルチネス自伝』です。

 

ご存知、殿堂入りの名投手

 

 

ペドロ・マルチネス本人とボストンヘラルド紙のコラムニスト、マイケル・シルバーマン共著の一冊です。

 

 

ドミニカのドジャースアカデミーからアメリカ野球殿堂入りまでの波乱万丈だった野球人生を振り返る本著は、その活躍を知る人が想像もしなかったような挫折とチャレンジの繰り返し、決して体格的には恵まれなかったペドロ・マルチネスが、外国出身の選手として、メジャーリーグの1番の投手となるため戦ってきたライオンのごときハートの強さが描かれていて、読みごたえがあるストーリーです。

 

 

5歳年上のドジャースのエース格、ラモン・マルチネスの弟して優遇されているのでは、というマイナー時代からの嫉妬。

 

メジャーのロースター当落線上で、実力を示しても契約上トップチームに残れない苛立ちや挫折。

 

この世界で戦うための投球術に対して、内角攻めを必要以上に敵チームから非難され評価されなかったことなど、これだけのスター選手でも実力を知らしめるために壁を乗り越えてきたことが、描かれています。

 

そんな中、マイナーを共に過ごしたラウル・モンデシーやヘンリー・ロドリゲスといったドミニカ出身のチームメイトとの野球以外のアメリカ生活でのエピソードや

 

正当な評価がされず、ドジャースのロースターに残れず野球を辞めようと思ったときに、彼の実力を信じて忍耐と更なる飛躍を促すべく言葉をかけた当時のある一流メジャーリーガーの行動。

 

これまで関わったフロント、コーチや監督との関係性を描いたエピソード。

 

94年、幻の最強チームと呼ばれたエクスポズ時代のエピソード。

 

ボストンでバッテリーを組んだバリテックの凄さ。

 

ステロイドを使用し選手達への想い。

 

メッツ移籍時、獲得希望チームとの交渉エピソード。

 

若手へのアドバイスなどなど。。。

 

対戦した選手やチームメイトの初めて知ったというような一面やこんなチームでプレーした可能性があったかもしれないとか、マウンドでの技術など野球ファンが、驚きや嬉しさを抱くようなエピソードが満載です。

 

 

彼のキャリアをリアルタイムで観ることができたことに改めていい時代に野球を観れたなと思わされました。

 

今シーズンは、いい野球本が多いですが、選手を取り上げたものでは、今季ナンバー1の面白さでした。

 

是非、未読の方にはオススメですよ。

 

 

 

 

| | 19:32 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
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