二刀流 その12

 

最近は、ファミリーネタ、二刀流ネタ、あるいはオススメ本とすっかり定番ルーティン化してきた当ブログですが、、、

 

今回は二刀流の紹介です。

 

画像は、大谷選手が生まれた1994年にエンジェルスのドラフト3巡目で入団した二刀流の先輩です。

 

ポール・ファイア内野手です。

 

ピッツバーグ生まれで高校時代は、アメフトのクォーターバック、野球のショートとしてプレー。

地元紙が選出するハイスクール・アスリート・オブ・ザ・イヤーに選出される注目の存在で、91年にロイヤルズの7巡目指名を受けています。ここで契約することなく、殿堂入りのカール・ヤストレムスキー、ブリュワーズの監督クレイグ・カウンセル、そして大学時代に投手とワイドレシーバーの二刀流で鳴らしたジャイアンツの投手ジェフ・サマージャらを輩出した名門ノートルダム大学に進学しました。

 

大学ではフットボールについては、控えのクォーターバックながら野球では、93年には53試合で72本の安打を放ち打率.346と巧打とスピードのあるショートとして注目を集めました。

 

94年ドラフト後にショートシーズン1Aからスタートし、95年には打率.253ながらシーズン30盗塁を記録しました。

とはいえ失敗19という果敢と無謀の狭間のような成績です。この頃は後にメジャーでチームの核になるベンジー・モリーナ捕手やジャロッド・ウォッシュバーン投手らと共にプレーしてます。

 

96年には1A+に昇格し、オールスターにも選ばれますが、打者有利のリーグと言われるカリフォルニア・リーグでも成績は奮わず、97年にも打率.228と苦戦し、内野をどこでも守れる選手として活路を模索するも

 

 

元近鉄のラリー・バーンズや

 

 

第1回WBCオーストラリア代表トレント・ダリントンら

 

タレント揃いの内野手陣の控えに甘んじてキャリアを終えています。

 

マイナー4シーズン通算71盗塁が目立つ成績というところでした。

 

余談ながら94年ドラフトを少し振り返りますが、エンジェルスは45人指名してその年に契約に至った選手の中でメジャーに昇格できたのは4人だけで、

 

 

1位のマッケイ・クリステンセン外野手が

メジャー通算4シーズンで出場100試合未満、

 

 

6位のジェイソン・ディクソン投手が、2年連続二桁勝利、オールスター1回という実績ながら故障で4シーズンの活躍に終わり、

 

最も活躍したのが17位指名で8シーズンプレーし、

 

 

2005年にはベイスターズでも活躍したマイク・ホルツ投手

くらいという不作の年と言えたと思います。

 

その他のチームで指名された選手でいうと、ノマー・ガルシアパーラ、ジェイソン・バリテックあたりが、スターとして活躍。

ファイア選手より下位指名で大成した選手としては、19シーズン活躍のオールスター選手、A・J・ピアジンスキー捕手、現在ヤンキースの監督で球界のサラブレッド、アーロン・ブーン内野手、盗塁王スコット・ポッセドニック外野手、12年連続2けた勝利のハビアー・バスケス投手あたりでしょうか。

 

意外と日本でプレーした選手は多く、ニトコースキー、ボカチカ、ブキャナン、ラス、ムーア、ベバリン、パウエル、デイビー、ブロウワー、マウンス、ラロッカ、スタニファーなどなど凄い顔ぶれでした。

 

 

さて、話をポール・ファイア選手に戻しましょう。

 

野球界では苦しみましたが、再びフットボール界に戻るため大学でプレーする道を選びます。

 

98年インディアナ大学ペンシルバニア校に入り、カレッジフットボールに再挑戦し、クォーターバックとしてシーズン10勝2敗の好成績を残してチームをプレーオフに導きました。

 

その好成績から卒業後、99年にはアリーナフットボールリーグのニュージャージー・レッドドッグスに入団。

 

そして2000年には念願のNFLチーム、カロライナ・パンサーズと契約に至ります。

しかしながら、チームのロースターには残れずプレー機会なくリリースされました。

 

 

MLBもNFLも夢破れた二刀流のまま終わらないのが凄いところで、、、

 

 

2001年には当時プロレス団体のWWF(現WWE)が作った新アメフトリーグ・XFLのシカゴ・エンフォーサーズのドラフトに指名されるというチャンスが訪れます。

 

そこで先発クォーターバックの座を争ったのが、ノートルダム大学時代のレギュラークォーターバックで、カナディアン・フットボールリーグやアリーナ・フットボールリーグを渡り歩いてきたケビン・マクドゥーガルという因縁。

 

ここでロースターに残れず、キャリアを終えることになりました。

 

結局1年で終了した幻のようなフットボールリーグでしたが、2つのスポーツの二刀流キャリアとしては、成績だけでないドラマを持つ特殊な選手として歴史に残れたのではないでしょうか。

 

野球カードから知るマニアック二刀流選手の紹介でした。

 

| 二刀流 | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
本 その190

 

今回紹介するのは、

 

『ブラッド・エルドレッド 広島を愛し、広島に愛された男』です。

 

説明不要の著者は

 

 

広島カープ史上最長の在籍を誇る助っ人、ブラッド・エルドレッド本人です。

 

どこの球団も在籍年数に関わらず、インパクトを残す活躍をするとチーム史上最高、最強の助っ人なんて表現をされることがあると思いますが、カープにとってはエルドレッドこそ相応しいと言って過言ではないでしょう。

 

 

インパクトは大門投手をレフトまで追いかけたロド・アレン

 

 

左投げ右打ちの大砲ルイス・メディーナ

 

 

監督としてもファンを沸かせるハッスルぶりを見せたマーティ・ブラウン

 

 

実力的には最強クラスながらダイエーにも移籍したルイス・ロペス

 

 

ユーティリティーからいきなり30本塁打に覚醒したエディー・ディアス

 

 

二けた勝利2度もロッテに移籍したネイト・ミンチー

 

 

こちらも攻守に活躍も阪神に移籍したアンディー・シーツ

 

 

強打の内野手でヤクルト、オリックスでもプレーのグレッグ・ラロッカ

 

 

メジャーにも返り咲いたコルビー・ルイス

 

 

全米ドラフト1位エース、最後はオリックス移籍のブライアン・バリントン

 

 

今や球界最高の抑え投手、西武、ソフトバンクと渡り歩くデニス・サファテ

 

とにかく成績やインパクト最強助っ人は数知れずのチームながらカープ一筋という選手としてチーム史上最高となると在籍年数も含めてエルドレッドに落ち着くのも納得です。

 

助っ人外国人として書籍化されるほどの選手というのはなかなか多くはありませんし、今や日本一ともいえるカープ人気に乗っかって、もっと深くカープを知りたいファンのために発売されたなんて思われるかもしれませんが、日本でプレーして成功するために必要なメンタリティーやマイナー、メジャーリーグ時代のエピソードなどなかなかミーハーな内容では満足できない人にも興味深い一冊になってます。

 

 

その他、もちろんカープファンも嬉しい新旧チームメイトや監督、通訳さんとのエピソードなんかもあり楽しく読み進めれると思います。

 

読み終わってエルドレッドのカープ愛の凄さに感銘を受けましたし、選手のケアやスタッフ、オーナーとの関係性など本当にいいチームなんだなと思いました。

 

カープ人気が一過性でなく、浸透、定着していく裏にはこうした目に見えないチーム内の環境整備を努力してきた積み重ねがあったんだなと気付かされました。

 

エルドレッドファンは、更に好きになり、他球団ファンもエルドレッドのファンになってしまう。

 

そんな一冊です。

 

 

| | 20:40 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その133

本日は、アメフトと野球の家族ネタで行きましょう。

 

ちょっとボリューム多めで、今回はベースボールファミリーの多いフットボールチームということでロサンゼルス(セントルイス)・ラムズを取り上げたいと思います。

 

まずはラムズ史上最高の選手の呼び声高い、殿堂入りと永久欠番29番、シーズン歴代最多ラッシングヤード記録保持者で80〜90年代前半に大活躍したランニングバック。

 

 

エリック・ディッカーソン選手です。

 

実は以前にも当ブログで紹介済みなんですが、当時はもうひとつの活躍したチーム、コルツのカードで紹介しました。

 

そしてその時も紹介した彼のいとこは、、

 

 

昨年までオリオールズの3Aでプレーした元メジャーリーガー、クリス・ディッカーソン選手です。

 

ふたりの紹介の振り返りは→コチラ

 

 

続いては、60〜70年代にかけて11シーズンで通算45タッチダウンを獲得し、1回のプロボウル(オールスター)に選ばれた往年の名ワイドレシーバー。引退後はTV解説でも活躍した。

 

ジャック・スノー選手です。

 

彼の息子さんが、

 

 

エンジェルス、ジャイアンツなどで活躍した巧打好守の一塁手。

J・T・スノー選手です。

 

90年代に6年連続ゴールドグラブを獲得したミットさばきはまさにワイドレシーバーのハンドリングの遺伝子を感じさせ、ともにカリフォルニアで活躍したという点も親子の絆を感じさせます。

 

02年のワールドシリーズでバットボーイを務めたベイカー監督の息子をホームクロスプレーに巻き込むのを未然に防ぐシリーズ史に残る名場面やボストンに移籍した実質最後のシーズン前に父親ジャックが他界し、レッドソックスでは背番号を慣れ親しんだ6番ではなく、父がラムズで着けていた84番に変更したというエピソードやジャイアンツの1日契約で引退する際は、始球式でなくイニング間の内野でのボール回しを行うなど記憶に残る名選手でした。

 

 

 

続いてはセントルイスとロサンゼルスという移転過渡期に12〜16年の5シーズンプレー。

 

タイトエンドとして活躍したコリー・ハーキー選手です。

 

ドラフト外で契約しチーム入りし、トレーニングキャンプで怪我をして、一度はカットされるも再び練習生で帯同して正式契約までこぎつけた粘りの選手、そこからの5シーズンプレーを続けたのは立派の一言です。

 

 

そんな彼の父親が、元メジャーリーガー

 

 

87年のドラフト1巡目全体でも4番目ドラフト指名を受けカブスに入団した右腕マイク・ハーキー投手です。

 

87年と言えば殿堂入りのケン・グリフィーJr.が全体1位指名のドラフト。

大学と高校からドラフトの年齢的差はあれどグリフィーより早くメジャーデビューし、90年には先発で二桁勝利を挙げるも故障が多く8シーズンで通算36勝に終わりました。引退後はチームメイトでバッテリーを組んだジョー・ジラーディがマーリンズの監督になるやブルペンコーチとしてスタッフに加わり、ヤンキースでもブルペンコーチを務めました。ダイヤモンドバックスでピッチングコーチになるも現在はヤンキースのブルペンコーチとして活躍しています。

 

 

 

続いては、11年のドラフト3巡目でラムズ入りしたワイドレシーバー、

オースティン・ペティス選手です。

 

4シーズンNFLでプレーして控えながら通算9つのタッチダウンを獲得したレシーバーです。

 

そのスピードとキャッチセンスは、叔父であるメジャーリーガー譲りでしょうか。

 

 

それが79年ドラフト6巡目でエンジェルス入りし、80〜90年代まで11シーズンプレーしたゲイリー・ペティス外野手です。

 

打率は2割台前半ながら通算354盗塁の俊足と5回のゴールドグラブを獲得し、最も浅い位置で守るセンターと言われた守備範囲の広さが売りの名外野手でした。現在は守備走塁のコーチとしてメジャーで活躍。17年はアストロズの三塁ベースコーチとしてワールドシリーズ制覇も経験しています。余談ながらNFLのチアリーダーをしていた妻との間に4人の子供さんがいますが、息子カイラーは俳優として活躍。更に大学生の息子ダンテは、ワシントン大でワイドレシーバーとしてプレーし、NCAAのパントリターンタッチダウンの記録を保持するなどプロ注目のフットボール選手なんです。

 

更に余談で、85年トップス社のベースボールカードでは、

 

 

若かりし、ペティス選手のまるでアイドルのようなイケメンぶり。

そりゃ息子もイケメン俳優になるのもわかるわ。

 

と思いきや、

 

こちら弟でマイナーリーガーだったステイシーの写真だったという有名なエラーカードとなっている話題多きメジャーリーガーでした。

 

 

 

トリはこの人でしょう。

 

今NFLでも注目されている選手のひとり

 

16年のドラフト1巡目全体1位でラムズに指名されたクォーターバック。

 

ジャレッド・ゴフ選手です。

 

カリフォルニア大で26のチーム記録を打ち立てた大学フットボール界のスターとして注目されプロ入り。

カリフォルニア出身で49ersのファンということでジョー・モンタナに憧れてのナンバー16というところがオールドファンにもわかりやすいネクストスター候補ですね。

 

全米1位指名の注目の重圧や大学とプロとのシステムの違いに苦戦した1年目は7試合に出場して7敗というファンを失望させる結果になりましたが、2年目の17年シーズンは15試合に出場し11勝4敗と見事にアジャストし、チームをプレイオフに導きました。1回のパス成功による獲得ヤード数平均でリーグのトップになるなど全米1位指名の実力を見せてプロボウルにも選出されました。

 

そんなチームを牽引する頭脳と鋭いパスを通す強肩はメジャーリーガーの父から受け継いだものです。

 

 

そんな父は、86年マリナーズから3巡目指名でプロ入りした捕手。

ジェリー・ゴフ選手です。

 

大学を出るまでにもアスレチックス、ヤンキースと2度のドラフト指名を受けるプロ注目の存在だった父ジェリー。

大学時代はオールアメリカンのセカンドチームに選ばれる有望な捕手でした。

 

 

エクスポズ、パイレーツ、アストロズで控えの捕手として活躍。

 

マイナーでは力強い打撃もあり、メジャーでケガ人が出ればチャンスをもらえるといった存在でした。

メジャー初本塁打は90年シーズン、9回代打での決勝ホームラン。

 

メジャー最後の試合はアストロズでプレーした96年シーズンで、その年唯一メジャーで出場した試合ですが、古巣エクスポズ相手で4打数2安打うち1本は、本塁打と打撃で見せました。

 

が、メジャー記録タイとなる1試合6パスボールもマークし、不名誉な記録を残しつつの引退となってます。

 

派手な活躍と失敗が隣り合わせな部分まで親子で似てしまったのか?というゴフ選手ですが、来年もリーグを代表するQBとして父親を越えるビッグスターとして活躍してくれることを願います。

 

メジャーリーグファンのアメフト入門編として、どこのチームを応援したいか悩むかたはメジャーとの縁の多いラムズを応援してみるのも面白いのではないでしょうか。

 

 

 

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本 その189

 

本日紹介するのは、元横浜DeNAベイスターズの高森勇旗著

 

『俺たちの戦力外通告』です。

 

 

自らも戦力外通告を経験し、ライターに転身したという筆者、正直うっすら名前を聞いたことある程度でしたが(すいません。)、ヤンキースの田中投手と同期、しかも我がルーツ富山出身ということで、親近感がわきました。

 

そんな筆者が同じ戦力外通告を受けた選手に当時と今を語ってもらうインタビュー形式の本です。

 

新幹線のグリーン車専用搭載誌(そんな雑誌があることをグリーン車乗ったことないので知りませんでした(汗)。)に2年間にわたって連載されていたものを書籍化したとのことですが、普通の雑誌にしても豪華すぎるインタビューの数々です。

 

甲子園のスター選手、メジャーリーガー、名球会入り選手、オールスター選手、WBC代表選手、オリンピック代表選手、東大出身、無名の育成選手、海外でのプレー経験のある選手などなど、合計25名の元プロ野球選手が当時の想いや今について話をしてくれています。

 

1選手がキャリアに関わらず数ページでまとめられているのですが、年末のトライアウトを受けるドキュメント番組よりもギュッとつまったリアルがあります。

 

インタビューを聴く側もプロの世界の厳しさを知っているからくるものだと思います。

 

取材時期がさまざまながら、まえがき、25名の記事、あとがき、、、

 

この流れがうまく編集されていて、起承転結がより一冊トータルで読み進めたくなる内容です。

 

時間がない人は、まえがき、最後のインタビューの1名、あとがきの3つ読むだけでもこの本の面白さが充分伝わり、中をもっと読んでみたくなること間違いなしと思います。

 

グリーン車にあったこの雑誌を読んで移動中に生き方が変わった現役もしくは元プロ野球選手がいるんじゃないか?と思える経験者の言葉の重みは一見の価値ありです。

 

 

 

| | 18:07 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その132

 

今回もお得意のファミリーネタから

 

画像は83年ドラフト4巡目でオリオールズから指名されてプロ入りしたマーク・ライター投手です。

 

マイナー時代に肩を故障して3シーズンリハビリで全休するというキャリアに関わらず、90年にヤンキースでデビュー。

タイガース、エンジェルス、ジャイアンツ、エクスポズ、フィリーズなどを渡り歩き、先発に中継ぎに11シーズンもメジャーでプレーした渋い投手です。

 

リーグ最多のデッドボールを与えたり、最多被本塁打、最多失点など不名誉にも見える記録が多いものの、勝ちだしたら止まらないというタイプでどのチームに移っても連勝を続ける期間があるという面白い記録を持つ投手です。

 

またフィリーズ時代には35歳にしてシーズン20セーブを挙げる活躍をするなど存在感のある投手でした。

 

特に存在感でいうと彼の弟が、メジャー屈指の好投手である

 

 

アル・ライター投手で、84年ドラフト2巡目でヤンキース入りして、87年にはメジャーデビューと弟が先にメジャーでブレイクしたためにアル・ライターの兄という位置づけで話題に上ることが多かった印象です。

 

アル・ライターのキャリアは、ブルージェイズやマーリンズでワールドシリーズ制覇に貢献したり、オールスター2回、19シーズンで通算162勝を挙げ、シーズン15勝以上を4回記録したり、メジャーの全30チームから勝利した最初の投手になるなど突出しており、現在もTV解説で引っ張りだこと知名度も衰え知らずなんです。

 

兄弟の小ネタでいうと弟アルが87年、兄マークは90年ともにヤンキースで背番号56を着けてメジャーデビューをしていてヤンキース放出時のトレード相手は、弟アルがバーフィールド(巨人)、兄マークがロブロ(ヤクルト)と、のちの助っ人選手という偶然。

 

そんなライター兄弟には実はもうひとり一番年上の兄が存在しまして、、

 

 

それがオリオールズのマイナーでプレーしたカート・ライター投手です。

 

マークとマイナーでもチームメイトとしてプレーし、4シーズン先発投手を中心に通算17勝36敗、最高2Aまで昇格し、86年でキャリアを終えたマイナーリーガーでした。

 

チームでは最多のデッドボールを与えながら完投数もトップのシーズンがあるなどライター兄弟の特徴が出ているような成績ですね。

 

今まさにライター兄弟の話題がホットになってきてるんです。

 

それは、、

 

 

マーク・ライターのジャイアンツ時代の一枚から。

 

彼の胸に抱かれる息子さんが、、

 

 

マーク・ライターjr.投手です。

 

13年22巡目で父が晩年プレーし、20セーブを挙げた古巣フィリーズから指名されプロ入り。

指名直後からマイナー入りしてルーキー、1A、1A+と3つのレベルでプレーするなど上々の評価で、コントロールに定評があり、マイナー2Aでもオールスターに選ばれるなど、指名順位の低さと父の古巣にいるところから家族の縁による入団という話題先行型でなく、実力派であることを証明しました。

 

昨年は3Aまで昇格し、開幕を迎えると早くも4月の終わりには、、

 

 

待望のメジャーデビューを果たしシーズン3勝を挙げるなど、今シーズンも楽しみな若手投手のひとりなんです。

 

近年低迷の続いたフィリーズに復活の気配がしてきてるので、故障で開幕は遅れる見込みながら、深刻でないことと今季のブレイクを期待したいと思います。

 

 

 

| ファミリー | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その11

 

久し振りの二刀流紹介です。

 

今回はアメフトと野球の二刀流。

 

ハイズマントロフィー受賞経験あるランニングバックとしてNFLでプレーしたリッキー・ウィリアムス選手です。

 

95年フィリーズのドラフト8巡目で強打の内野手として指名されプロ入り。

プロでは外野手としてプレーすることになりました。

 

同時に奨学金を経てテキサス大でフットボールをプレーするかたわらマイナー・リーグでプレーしたということで、マイナーリーグとカレッジフットボールで二刀流選手となります。

 

野球の4年での通算成績は、打率.211、4本塁打、40打点、46盗塁ということでスピードが武器だったと言えます。

一緒にプレーした経験のある後のオールスター選手ジミー・ロリンズも今まで見たことのないスピードのある選手と評したとか。

 

 

 

 

大学で最高のフットボール選手に与えられるハイズマン賞を獲得し、99年にはドラフトでニューオリンズ・セインツから1巡目指名を受けNFL入り。

 

背番号34番、ランニングバック、外野手ということでボー・ジャクソンの再来を期待する声も大きかったですが、大学の4年間で野球のキャリアを終えました。その後もルール5ドラフトでエクスポズに指名されたり、レンジャースにトレードされるなんて話題が出ますが、野球をプレーすることなくフットボールに専念することになりました。

 

その選択はすぐに結果として現れ、02年にはマイアミに移籍して、NFLのラッシングヤードリーダー、プロボウル(オールスター)選手になりフットボールのトッププレーヤーの仲間入りをしました。

 

しかし、マリファナ使用のペナルティや引退騒動など、フィールド外の話題が多く、NFL以外でのプレーを余儀なくされたり、キャリアの全盛に大活躍できなかったイメージがあるものの、32歳になって再びスターターのチャンスをもらうと6年ぶりの1000ヤード獲得で見事なカムバックを果たし、晩年には通算10,000ヤード獲得と歴史に残る選手になりました。

 

野球選手としては、記録は残せなかったものの、何年かにひとり現れるエキサイティングな二刀流選手として、記憶に残る選手にはなれたかと思います。

 

 

 

 

| 二刀流 | 21:29 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
フード その206

 

いきなりですが、ピーナッツのオブジェの画像から、、、

 

メジャーでは野球観戦のお供の王道であるピーナッツです。

 

山添や福住方面での試合でグランドに向かう際に奈良方面から天理街道を車で走っていると天理インターに入る前に気になるこのピーナッツの巨大オブジェが出てきます。

 

ただ草野球開催時の日曜は定休日らしくオブジェの奥にあるプレハブ風のお店はいつも閉まってました。

 

中西ピーナッツさんという会社と販売所のようで、すっと気になっていたのですが、先日平日の休みがあったので、野球食ピーナッツファンとして訪れてみました。

 

 

 

平日御昼過ぎでしたが、お客さんが結構いまして店内は混雑気味、いろいろなナッツ類はもちろんのこといろんな味の柿ピーなどお酒のおつまみになりそうなスナック系ナッツが豊富に販売されてました。

 

 

こんなキャラまで登場していて、プレハブ風店舗の横に大きな建屋を建設中だったので、これは天理市話題スポットになりそうな予感ですね。

 

 

今回気になった一品が、、、

 

 

こちらです。

 

店内にミキサーのようなものがあり、そこでいろんなナッツをペーストにしてくれるのです。

 

余分なものが交わっていない純度100%のピーナッツペースト。

 

和え物や揚げ物に利用するのも良さそうで、レシピが載った紙ももらえたりします。

 

日本ではそれほどメジャーではありませんが、試合前の勝負メシだったりリトルリーグ時代のお弁当の定番だったりとメジャーリーガーに好物を聞くと上位に名前が挙がるのがピーナッツバターサンドイッチなんです。それを作るのに持って来いな一品です。

 

油分や人工甘味料が入ってないので、パンに塗る際の伸びがありませんが濃厚なピーナッツに自分の好みでハチミツや砂糖を加えて甘味を足して調整するとなかなか美味しいです。

 

あとはチョコレートをディップして食べたり、カップのアイスクリームにひとさじくらい乗っけて食べるとスイーツのレベルが上がる優れものです。

 

なかなか写真ではそのおいしそうな雰囲気が出せなかったので、その味で確認してみて下さい。

 

 

 

 

| フード | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
本 その188

 

本日紹介するのは、フィギール彩より出版の宮寺匡広著

 

『NPB以外の選択肢』です。

 

著者本人も含め、NPBの道に進めなかった野球人がなんとか野球に携わるためアメリカ、日本の独立リーグ、あるいは海外のリーグでプレーしたり、指導者となったりというNPBの野球選手以外の生き方を追ったノンフィクションです。

 

取り上げた野球人は、7名。

 

そして、NPBを経験せずに最高峰のメジャーリーガーを経験したパイオニアであるマック鈴木投手のインタビューを含んだ構成になっています。

 

7名のうちで知っていたのはメジャーのブルペンキャッチャーとして活躍している植松泰良氏。

実は、BCリーグで観戦した試合にも出場されていた井野口祐介選手など意識せずプレーを観ていた独立リーガーにも色んなドラマや野球哲学がつまっていて、非常に興味深い内容になってます。

 

個人的に最も興味深かったのは、これを読んだあとNPB、MLBの経験なしで初めてMLB傘下のコーチとして契約した三好貴士氏のドキュメントでした。アメリカの独立リーグでトライアウトに受からなかった選手が、アメリカプロ野球で日本人初の監督となった野球人生を追ったエピソードは、映画やドラマよりドラマチックなものでした。

 

そこには、

 

 

キャリア19年でオールスターにも選ばれ、盗塁王1回、首位打者1回、三塁打王5回、通算668盗塁15年連続の20盗塁以上を記録した名選手で、三好氏が最初に入団した独立リーグのチームの監督ウィリー・ウィルソンを激怒させたエピソードと感動のプロ初出場エピソード。

 

 

 

また別の独立リーグのチームで指導を仰いだ元メジャーリーガーでメジャー21年のキャリアでオールスター、通算414本塁打、ブレーブスではハンク・アアロンとデイビー・ジョンソンと史上初の40本塁打トリオとして活躍、タイガースでの85年には38歳にして40本で歴代最年長本塁打王にも輝いたスラッガー、ダレル・エバンスを感激させたエピソードなど、なかなかディープなMLBファンでも知らないレジェンドとのエピソードの数々は見ごたえありでした。

 

 

 

その他に出てくる独立リーガーや指導者も野球との関わり方だけでなく、仕事や生き方などで読者の参考になる考えや行動の起こし方が記されており、普通とは違う野球関連の本として新たなジャンルともいえる面白い本でした。

 

 

オススメです。

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その131

 

本日は、懐かしの助っ人ファミリーの紹介。

 

画像は親子カードですが、左が父親、右が息子です。

 

もう名前が出ているのでわかると思いますが、元中日ドラゴンズの助っ人が息子のバンス・ローです。

 

父親バーノン(バーン)・ローは、1950年から途中兵役で2シーズンを抜けますが、16シーズンをパイレーツ一筋で過ごし通算162勝を挙げた名投手で、1960年には20勝を挙げてサイ・ヤング賞を獲得。実に18完投という離れ業でチームのワールドシリーズ制覇にも貢献しました。

 

しかも引退後79年〜81年までは

 

 

 

西武ライオンズでコーチも務めました。

 

そんなバーノンには5人の息子がおり、全員がVで始まる名前とのこと。

 

そしてそのひとりバンスが、

 

 

78年のドラフト39巡目という低い順位ながら父もプレーしたパイレーツから指名されプロ入りすると2年後には早くもメジャーデビューを果たしました。パイレーツのスター、ウィリー・スタージェルは親子と共にチームメイトとしてプレーしました。その後、ホワイトソックス、エクスポズ、カブスと渡り、10シーズンメジャーで活躍し堅守と巧打で鳴らし、88年にはオールスターにも選ばれました。そんなオールスター出場の2年後に中日ドラゴンズに入団。

 

打率.313、29本塁打78打点とキャリアハイの活躍をマークし、1シーズンで帰国しアスレチックスに復帰するなど、フィルダーやガリクソン、クロマティのような選手と同じく、日本でキャリアを終えずにメジャー復帰できるという流れを確立した選手のひとりとなりました。

 

ちなみにサイ・ヤング賞投手の息子として実はメジャーで7試合も登板しております。いずれもワンサイドゲームの敗戦処理的な当登板ながら8イニングで被本塁打ゼロ、防御率3.38となかなかのマウンドさばきだったようです。

 

引退後は母校のコーチなどを務めましたが、

 

ドラゴンズのキャンプ中である90年2月に生まれた息子さんが、、

 

 

2013年にドジャースから12巡目でドラフト指名されプロ入りしたアダム・ロー内野手。

 

父と同じブリガムヤング大出身、背番号2を着けてプレーしてますね。

 

16年の夏からマリナーズ傘下へ移籍し、現在最高位2Aクラスで奮闘中です。

 

父に比べて打撃、とりわけ長打力では苦戦している状況ですが、外野も挑戦したり、この冬も中米のウインターリーグに参加するなど何とかメジャーの枠に上がっていこうとプレー中です。

 

メジャーのキャンプに参加してますが、イチロー選手のチームメイトとなれば、話題になるかもしれないですね。

 

親子3代メジャーリーガー家族として歴史に名を刻みたいところです。

 

懐かしの助っ人家族ネタもまだまだあるので、また紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

| ファミリー | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その130

 

本日紹介するのは、おなじみのファミリーネタ。

 

今でこそ選手のプライベートな部分には規制がつきものですが、大昔にはファンレターも球団に送らず直接と考えたのか選手名鑑には住所が載ってたなんてこともありました。

 

野球カードでも選手のプレー以外の一面をと我が子と一緒の微笑ましい一枚というのが、結構ありました。

 

今回はそんな一枚から、82年の全米ドラフト1位でカブスに入団し、7球団で18年のキャリアをメジャーで過ごした名遊撃手ショーン・ダンストン選手を紹介します。

 

80年代90年代の大半をカブスで過ごし、俊足に巧打もあり、強烈なスローイングを武器に守備でも魅せる選手である一方で同じナ・リーグの名遊撃手オジー・スミスが同時期にプレーしたこともあり、ゴールドグラブの受賞はなりませんでしたが、オールスターに2度選出されるなど人気と実力はリーグ屈指の存在で、晩年はその肩を活かして外野手に移り渋い戦力として、プレーオフ経験も豊富な選手でした。

 

子供にもデーゲーム用の目の下に塗る墨(アイ・ブラック)を着けてカードに収まる子煩悩なカードも時代を象徴しますね。

 

 

他のカードメーカーの一枚にも溺愛ぶりを見せるダンストン選手。

 

そんな息子さんが、、、、

 

 

同じカブスから2011年の11巡目でドラフト指名されました。

 

名前はショーン・ダンストンJr.

 

同じ年には、7巡目でホッケーの名選手で以前ここでも紹介したウェイン・グレツキーの息子さんも7巡目で指名されてます。

 

縁での入団もあるのでしょうが、父譲りでスピードと強肩が武器の外野手ということです。

 

 

6年マイナーでプレーし、25歳の現在1A+が最高レベルという成長具合で、16年からは父もコーチを務めカブスの次に過ごしたジャイアンツのマイナー組織に移籍していることを考えるとメジャー昇格には道が遠いかもしれませんが、日本でもメジャーリーグが近くなった野茂投手がデビューした当時に活躍していた当時の名選手の子供たちが、またメジャーを目指す姿をみれるのは嬉しいですし、実際にメジャーの舞台でプレーする姿をみてみたいものですね。

 

意外と多い親子一緒のカードで、幼少期にプロ野球カードデビューを果たしたシリーズ。

 

また紹介したいと思います。

 

 

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