ベースボールカードのススメ その119

 

本日紹介のファミリーは、親子兄弟といういつもとは違うパターンで。

 

画像の投手は、99年ダイアモンドバックスのドラフト1巡目指名で入団のケイシー・ディグル投手です。

 

02年、03年とマイナーで最多の先発を経験し、04年に2Aからメジャーへと昇格という期待のデビューを果たすも2勝3敗の防御率7点台と振るわず10試合でマイナー降格、翌年は2Aでクローザーに転向したものの、ブルペンでメジャーに06年10試合、10年に13試合とわずか33試合のメジャーのキャリアで2011年にマイナー12シーズン通算66勝71敗39セーブという成績をもって30歳の若さで引退しました。

 

そんなディグルが注目されたのは、04年のメジャーデビュー時ですが、実力もさることながらアリゾナ大にいた婚約者の存在でした。

 

それがこちら。

 

 

ソフトボール、アメリカ代表のエース、ジェニー・フィンチ投手です。

 

オリンピックではアテネで金、北京で銀にチームを導く投球を披露。

 

大学通算119勝16敗1028奪三振、ノーヒッター8回の怪物ぶり。

打っては通算打率.301、50本塁打195打点とまさにレジェンド級。

 

ナショナル・プロ・ファストピッチというプロリーグでもノーヒッターシーズン無敗などの伝説を残して2010年に選手キャリアを終えています。

 

国民的女性スターアスリートとメジャーに定着できなかったプロ投手との結婚ながら、今も仲睦まじくイベントなどで夫婦出席することがあるところが、女性版カル・リプケンなどと呼ばれるほどロールモデルとして人気のフィンチさんです。

 

現役当時からアメリカの王道野球番組TWIB(ディス・ウィーク・イン・ベースボール)に出演していて好評だったこともあり、今はソフトボールの解説などメディアの世界でも活躍するフィンチさんは、なんと女性初のプロ野球の監督も務め、見事勝利をおさめたという記録も持ちます。

 

そのチームが米独立リーグのアトランティック・リーグに所属するブリッジポート・ブルーフィッシュです。

 

米独立リーグ屈指の人気を誇るアトランティック・リーグは、大都市からのアクセスの良さや元メジャーリーガーが多数プレーし、

 

 

その中には現在もプレーするショーン・バロウズのような過去の名選手から

 

もう一度メジャー復帰を目指す

 

 

大家投手のような元メジャーリーガーなどなど多彩な顔ぶれ。

 

 

楽天でプレーした元助っ人のルイス・ロペス選手も数年このチームで主軸を務めました。

 

他にもダン・ジョンソン(元横浜)がナックル投手に挑戦したり、BCリーグ石川でプレーしたドテル選手がプレーしたりとホントに多彩なメンバーが集まっています。

 

 

集客イベントも多種多様で、このチームではシーズン中にゲスト監督として1試合限定の監督を招聘します。

 

 

フィンチさんも招聘され見事勝利をおさめたというものです。

 

その他にも、、ピート・ローズやオジー・ギーエン、

 


ロジャー・クレメンスなども参加経験ありで、話題性に富んだ人選になってます。

 

90年代一世風靡したプロレスヒール軍団、NWOのナッシュ&ホール&X−パックの3人がゲストに来たなんて異色のイベントもありました。

 

 

ちなみにその当時レギュラーの監督は、、

 

 

元ダイエー・ホークスのウィリー・アップショーが務めてました。

 

現在は退団してますが、今年の8月にはイベントでブルーフィッシュレジェンドOB対MLBレジェンドOBのエキシビジョンゲームが行われアップショーや前出のロペスも参加してました。

 

対するMLB側もドワイト・グッデン、ルーベン・シエラ、オーランド’エル・デユケ’ヘルナンデス、キース・フォークといった強烈なメンバーが参加するなど、これがお盆休みなら強行で見に行ったかもしれないくらい豪華なイベントでした。

 

しかし、イベントもさることながらこれだけ盛り上がるのは選手のレベルの高さとチャンスの多さがあるようで、今シーズンもここまで70名がMLB傘下、メキシコ、台湾など他国のプロリーグにシーズン途中に移籍するといういまやFA選手の見本市的な役割もあるようです。

 

 

また独立系マイナーとはいえ、立派なスタジアムも魅力のブリッジポート

 

 

背景の工場地帯とのコントラストが美しいスタジアム。

メジャーとは違う雰囲気はぜひ行ってみたいスタジアムです。

 

 

メジャーリーガーとソフト界レジェンドのビッグカップル紹介から今個人的に熱い独立リーグチームの紹介に飛ぶというネタでしたが、夫婦には2男1女の子供さんがいるので、将来の野球界、ソフト界のスターになるかもしれませんね。

 

 

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ベースボールカードのススメ その118

 

本日もファミリーネタ。

 

先日に続いてベイスターズネタです。

 

画像は、昨年ベイスターズでプレーしたザック・ペトリック投手です。

 

防御率は5点台ながら先発7試合を含む15試合で3勝2敗と大活躍ではなかったものの、アメリカではカージナルスのマイナーに4シーズンでルーキーリーグから3Aまで昇格。来日時に26歳ということで、今シーズンも日本で投げれるかという期待もあった投手です。

 

しかし、契約更新には至らず、今シーズンは韓国リーグでプレー。

名門サムソンで元ロッテ、巨人、オリックスのイ・スンヨプのチームメイトになっています。

2勝8敗と苦戦してますが、今のところすべて先発としてチャンスをもらっています。

 

年齢的にいろんなスタイルの環境で野球をして、いつかメジャー復活というかメジャーデビューできるか楽しみな右腕です。

 

さて、そんなペトリック投手の6歳上の兄がこの人。

 

 

02年カブスのドラフト3巡目でプロ入りしたビリー・ペトリック投手です。

 

カープのバリントンが全米1位指名を受けたドラフトですが、カブスはドラフト3巡目まで6つの指名権を持つなど期待のドラフトながら結局3巡目で指名した10名の中で、メジャーデビューしたのは07年のビリーただひとりだったというカブス不作ドラフトの象徴的な存在となりました。

 

そんなビリーも07年6月デビューで最終戦が7月と23歳のシーズン1か月のみのメジャー在籍期間に終わり、その後は故障もあり、復活を目指して独立リーグを転々として31歳でキャリアを終えました。

 

前回同様キャリア的には話を広げるほどネタはありませんが、ベイスターズファンの豆知識に紹介でした。

 

 

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ベースボールカードのススメ その117

 

久し振りのファミリーネタです。

 

今回はさくっと、日本プロ野球で活躍した選手とその家族の話。

 

画像はティム・コーコラン投手です。

 

現在、広島に次いで集客イベントが面白い人気チームになっている横浜で、13年のシーズン途中に加入し、1勝3敗防御率5.61と微妙な成績を残した投手だけに最近のベイスターズファンでも覚えている方が少ないかもしれません。

 

どんな選手かは、来日時に当ブログでも紹介→コチラ

 

78年生まれのコーコランはキャリアの晩年を日本でプレーし、その後ドミニカのウインターリーグで投げた後、引退しています。

 

マイナーを含むプロ16年での通算成績は、76勝77敗と渋く息の長い選手でした。

 

そんな彼には2歳下の弟がいました。

 

 

それが、ロイ・コーコラン投手です。

 

ルイジアナ州大でプレーし、01年ドラフト外でエクスポズに入団。

 

03年にはメジャーデビューを果たしています。

その後ナショナルズにチーム名は変わりますが、メジャーとマイナーを往復し、08年マリナーズで50試合に投げて6勝2敗とブルペンながら大活躍。その後はマイナーに逆戻りで、晩年は独立リーグでプレー、メキシカンリーグにも活躍の場を求めていきました。

 

15年のプロ生活で通算56勝57敗と、兄弟そろってあと1勝で生涯勝率5割という成績でした。

 

特に広げれるネタがなかったものの、にわかベイスターズファンと思われない豆知識としては面白いネタかと思います。

 

| ファミリー | 04:01 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その116

 

本日もファミリーネタです。

 

先日、二刀流ネタにてスタンフォード大学のフットボールと野球の両方のプロでプレーした選手たちを紹介しましたが、今回のファミリーのひとりもスタンフォード大でフットボールをプレーしてました。

 

それが画像のケニー(ケン)・ウィリアムズ外野手です。

 

82年ホワイトソックスの3巡目指名を受けて入団するもスタンフォード大で1年フットボールをプレー。

あのジョン・エルウェイとチームメイトとしてチームのリターナーを務めて俊足を生かしてました。

 

野球に専念し、86年にはメジャーデビュー。ビッグレッドマシンの主砲ジョージ・フォスターのキャリア最後のプレーの翌日外野手としてスタメンに名を連ねるなど期待値は高く87年には外野のレギュラーを掴めるかというところまで行きましたが、翌年にランス・ジョンソンの加入でサードへコンバートされたあたりから不振になり、外野に戻るも大成せず数チームを渡り歩き、91年を最後に27歳で選手キャリアを終えました。

 

92年にスカウトとしてホワイトソックスに戻るとテレビ解説、マイナーや育成ディレクターなどでフロントに転身すると2000年にはGMになり、ルーキー時代のチームメイトのギーエン監督とタッグを組んで05年にはワールドシリーズ制覇にチームを導きました。現在は球団副社長として現場上がりのフロントとしては大成功を収めたひとりでしょう。

 

さて、彼の息子さんは企業家、スカウトとその才能をフロントで発揮しつつ、他にも

 

 

ケニー・ウィリアムズJr.は、04年ホワイトソックス36巡目、07年ロッキーズ32巡目と2度のドラフトでも入団せず大学でプレー、08年にホワイトソックス8巡目で指名されるとプロ入りをしましたが、GMが父であり過度なプレッシャーにならぬようスカウトに転身することも考慮しての指名だったようです。結局12年まで5シーズンをマイナーでプレーし2Aまで昇格するもキャリアを26歳で終えスカウトに転身、父のもとを離れダイヤモンドバックスのスカウトをつとめてます。

 

更に弟のカイル・ウィリアムズも06年47巡目にホワイトソックスに指名されるも大学に進学。

 

 

なんとその後2010年のNFLドラフトで49ersから6巡目指名されフットボール選手になりました。

 

チーフス、ブロンコスと渡り歩くもケガでなかなか大活躍とは行かずという感じですが、父譲りなのかワイドレシーバー、リターナーでプレー。16年シーズン前のジェッツのトレーニングキャンプでカットされNFLでは現在プレーせずです。

 

さらにまだ弟がいまして、、、

 

 

タイラー・ジュリアン・ウィリアムズことT.J.ウィリアムズ選手です。

 

09年ホワイトソックスの43巡目指名を受けますが、プロとしてプレーしたのは11年のアリゾナのルーキーリーグからですぐにホワイトソックス傘下に移籍し、15年までの4シーズンプレーながら2割2分程度の通算打率で1Aどまりでキャリアを終えています。

 

かなり家族の力が動いたような息子さんたちのキャリアですが、父の仕事場で子供時代から遊び、球界に携わる大人になっていく流れが結構多いのがメジャーリーグの世界です。

 

そんなウィリアムズに負けない野球一家がホワイトソックスに所属してましたが、、

 

 

 

14シーズンで通算65勝、2度のオールスター左腕のデイブを父に持ち

 

 

パイレーツやドジャースで三塁手としてプレーした弟アンディを持つ

 

 

 

アダム・ラローチェの息子さんのクラブハウス立ち入りに苦言を呈して、ラローチェが突如引退したなんてニュースが昨年ありました。自らの息子たちをドラフトしまくったとは思えない行動ですが、タンパリングじゃないものの、もう少し寛大に仲良くしてれば後にドラフト候補になったりしたら、ホワイトソックスでプレーしたくないなんてこともありえるのでは?

 

フロントとしては失態か?数年先にそんなドラマがあるかどうか、、、

 

そういえば絶頂期のグリフィーJr.もFA時に、子供の頃クラブハウスに出入りして注意されたヤンキースではプレーしないなんてこと言ってましたね。

 

ちょっと意地悪な展開を想像しつつ、本日のファミリーネタ終了です。

 

 

| ファミリー | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その115

 

お得意のファミリー紹介。

 

今回は話題の助っ人クリス・マレーロ選手です。

 

今季シーズン途中にオリックスに加入し、来日初アーチを放ったものの、ホームべース踏み忘れでアウト。

記録は三塁打となった珍プレーでいきなり話題になった選手です。

 

翌日に今度はしっかり本塁打を打ちなおす当たりもってますね。。

 

88年生まれのクリスは06年ナショナルズの1巡目指名を受けてプロ入り。

同期の1巡目選手には、ロンゴリア、ミラー、カーショー、リンスカム、シャーザー、カープのジョンソンなど錚々たる顔ぶれです。

 

マイナーのほとんどのシーズンで二ケタ本塁打を記録する長打力が魅力で、11年にはメジャーデビューします。

翌年のシーズン定着を目指してドミニカ・ウインターリーグに参加も故障して翌年のスタートが遅れ、マイナー暮らしが続きます。

 

以降オフにドミニカ、メキシコ、ベネズエラなどでプレーし、いろんなチームのマイナーでプレーし、メジャー復帰を目指します。

一時は独立リーグでプレーしていたが、いとこが在籍するレッドソックスのマイナーで昨年プレーし、好成績を残して今季はジャイアンツと契約。13年以来のメジャーでのプレーを経験し、メジャー初本塁打もマーク。

 

同じシーズンにメジャー初本塁打とNPB初本塁打を達成する珍記録を持つことになりました。

 

そんなクリスには

 

 

クリスチャン・マレーロという2歳上のマイナーリーガーの兄がいます。

 

05年ホワイトソックスの22巡目という低い指名順ながらマイナー11年で1100試合以上プレー。

 

アベレージヒッターながら一塁兼外野というところで長打力が弟ほどないのが昇格できないところかもしれません。

弟同様ウインターリーグに参加するなど経験値は高く、今季はメキシカンリーグでプレーしてます。

 

 

もともとこのマレーロ兄弟を取り上げようとネタを準備していたのは、ふたりの叔父さんに当たる元メジャーリーガーが有名であったことでした。

 

 

カージナルスの正捕手といえば、モリーナ、その前がマシーニ監督、その前に努めたのがマレーロ兄弟の叔父さんイーライ・マレーロ選手だったのです。

 

キューバ出身の選手ということで以前紹介したので細かいキャリアの紹介は割愛しますが、ロッキーズ時代に松井稼頭央選手とのトレード相手だったということで稼頭央選手のワールドシリーズ進出に影ながら貢献したという日本に無理やりのご縁を紹介。

 

更に現在、彼の息子も学生でアメリカ代表に招集される捕手になってます。

 

 

イライア(と発音するのかな?)選手です。

15年にレッズの29巡目ドラフトを受けるも入団せずミシシッピ州立大でプレーしてます。

子供の頃ブッシュスタジアムで打撃練習をして遊んでいたなど、いずれメジャーの世界に来る日も近い気がしますね。

 

そしてイーライのもう一人の甥っ子で、クリスとクリスチャンのいとこにあたるのが、

 

 

現在レッドソックスで故障のペドロイアに変わりプレーしている

デベン・マレーロ内野手です。

 

クリスの2歳下の90年生まれで、09年レッズの17巡目指名を受けずに大学球界の名門アリゾナ州立大でプレーし、

1年時からから活躍。大学のアメリカ代表にも選ばれています。

 

 

マレーロ家の血筋か強肩で守備がうまく、大学球界1の名遊撃手として鳴らしました。

同じころの代表には、マイケル・ワカ、ケビン・ガウスマン、マーカス・ストローマンなど、すでにメジャーで活躍している投手もズラリと並びます。

 

走塁とコンスタントな打撃も向上をみせ、12年ついにレッドソックスからドラフト1巡目の指名を受けてプロ入りしました。

野手としては92年のスコット・ハッテバーグ以来となるドラフト指名後最初のキャンプでメジャーキャンプに参加したことなどからかなりの有望株という評価でした。

 

まだメジャーで活躍できる攻撃力があるかを判断するには早いかもしれませんが、守備力でチャンスを掴み経験値から打力向上があるとチームの中心になれるかもしれないですね。

 

マイナーの指導者(イーライ)

大学球界のプレー(イライア)

NPBでのプレー(クリス)

メキシカンリーグでのプレー(クリスチャン)

MLBでのプレー(デベン)

 

各リーグで活躍が観れるチャンスありの楽しみなマレーロ一家でした。

 

 

 

 

 

 

| ファミリー | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その114

 

メジャーリーガーの家族ネタは、カードを集めだすと尽きることなく続きますね。

 

日本球界とのつながりや知られざる選手の親子、兄弟、親戚関係、他のスポーツとのつながりなどさまざまで、選手名鑑やネット情報でカバーできないものもあり、カードコレクターのコレクター心にも燃料を注いでくれます。

 

さて、画像はオールドファンの知る選手、個人的にも生まれる前に活躍した助っ人選手なんでカード他を調べた選手です。

 

埼玉西武ライオンズの前身である太平洋クラブライオンズで73年に入団し、日本で4年間プレーしたドン・ビュフォード外野手です。

ホワイトソックスとオリオールズで主力として、10年のキャリアを誇りオールスター選手になったメジャーリーガーで、来日後も開幕戦サヨナラ本塁打、バットを折りながら本塁打を放ったなど、170Cmという小柄な体格ながら力強い打撃で語り草になり来日2年目にはベストナインに輝き日米オールスター選手になったという、助っ人として存在を示した選手でした。

 

そんな彼の息子が、

 

 

90年のドラフトで父の活躍したオリオールズからドラフトされ、93年にはメジャーデビューを果たしたデイモン・ビュフォード外野手です。

 

サザンカリフォルニア大では、ブレット・ブーンやジェフ・シリーロといった後メジャーリーガーらとプレー。

マイナーではシーズン64盗塁をマークするなどスピードと守備力を買われメジャーに昇格してきました。

 

期待の存在でメッツとのトレードでは、オールスターのボビー・ボニーヤの交換相手になるなど期待値は高いものの、本塁打全盛時代のムーブメントの中で、第4の外野手のポジションに落ち着きはじめますが、2000年のカブスに移籍すると開幕戦においてメジャー史上シーズンで最も早く(3月29日)、北米以外(日本)で安打をマークした最初の選手という記録を残すということで、日本との縁を感じる選手でもありました。このバットは野球殿堂に届けられたということです。

 

その他このシーズンは4月27日には、1回に先発投手(ホゼ・リマ)から4人の打者が本塁打を打ったという偉業のひとりに入るなど、キャリア最高のシーズンを送るも翌年のスランプからあっさり解雇されるとメジャーに復帰することなくキャリアを終えました。9年間の通算成績が、打率.242、54本塁打、218打点、56盗塁と得意のスピードを活かせきれずの成績ながら本塁打については、野茂、伊良部と言った日本人投手からもマークしており、日本でプレーする機会があっても良かったと思える選手でした。

 

マイナーでは、コーチと選手という間柄でオリオールズの組織にいたビュフォード親子。

実はデイモンの4歳上に兄がいて87年のドラフト外でこれまたオリオールズのマイナー選手として4シーズンプレーしたのが、、

 

 

ドン・ビュフォードJr.選手です。

 

1Aヘイガースタウン・サンズでシーズン77盗塁も記録したものの、チームごと2Aになった89年から2年間、打率も2割に満たない状況が続きキャリアを終えました。

 

彼のハイライトは、89年マイナーのイースタンリーグでダイヤモンド・ディプロマシー・ツアーと称してソビエト連邦(現ロシア)ナショナルチームとのエキシビジョンゲームと野球クリニックツアーのリーグ代表選手に入ったことでしょう。

 

またここで、イースタンリーグ選抜にいたメンバーには、後にメジャーの監督となるトレンブリー、バニスターらが参加してます。

日本に縁のあるメンバーと言えば、、

 

 

85年、阪神の日本一に貢献したリッチ・ゲイル投手が投手コーチとして参加。

 

 

また、イチロー、田口、長谷川ら後の日本人メジャーリーガーらとオリックスでチームメイトとなったトロイ・ニール選手も参加していました。

 

少しこじつけ感もありますが、歴史や日本野球と関わりあるビュフォード家族の紹介でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ 113

最近多い家族ネタです。

 

今回はバスケットボールと野球のつながりを。

 

 

90年代NBAブームの頃をご存知のかたには懐かしい選手ではないでしょうか?

KJことケビン・ジョンソン選手です。

 

フェニックス・サンズの永久欠番、背番号7番を背負い、オールスター3回、歴代平均アシスト5位に入るポイントガードで、ドリームチーム兇砲眩ばれました。引退後は地元サクラメントで市長を務めるなど人格者としても知られるスター選手でした。

 

実は彼は86年にオークランド・アスレチックスから23巡目指名を受けてたった2試合ながらマイナーリーグのモデスト・アスレチックスでのプレー経験があります。

ドラフトを受けてすぐの86年シーズン、20歳の頃でショートとしてプレー、打撃は2打数2三振、守備は4度の守備機会で1エラーと言う成績に終わるとあっさり野球から離れ、87年のドラフトでNBAのクリーブランド・キャバリアーズに指名されバスケットの道に進みます。

 

そんな二刀流ともいえる彼のいとこがMLBでプレー。

 

それが、

 

 

ドナルド・ビール投手です。

 

2005年カブスの2巡目指名でプロ入り。

高校時代は1試合19奪三振を記録したという注目選手で、2003年にもホワイトソックスからドラフトされた左腕でした。

 

ドントレル・ウィリスと比較される左腕でマイナー時代はイニングと変わらぬ三振を奪うものの、四球とワイルドピッチも多いというコントロールに課題があったためメジャー昇格に時間がかかるも2008年オフのルール5ドラフトでパイレーツに指名され翌年メジャーデビュー。

 

やはり課題のコントロールの問題からか19試合で1勝0敗の成績ながら16イニングで16奪三振も四死球22個ワイルドピッチ2という成績でマイナーに逆戻り。

 

故障もあり低迷するも2012年にホワイトソックスでメジャー復帰、中継ぎとして50試合登板したシーズンもありましたが、2015年にアトランタからリリースされると、独立リーグとウインターリーグでプレーして2016年レンジャースのキャンプに参加し再起を目指したものの、メジャーに残れずキャリアを終えています。

 

一見地味なメジャーリーガーながら、いとこが他のスポーツや政治界の超大物なんてこともあるので、あまり知らない選手のカードを引き当てたら掘り下げて調べてみるのも面白いですね。

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その112

ゴールデンウィークということで、里帰りのかたもいるかもしれないですね。

 

さて恒例のファミリーネタの紹介です。

 

マニアックなファミリーネタ増えるとともにちょっと世代的にどのファミリーメンバーも知らないという人もいるネタを自己満足で紹介しておりますが、今回は旬な話題をなんとかということで、今シーズンメジャーデビューを果たした家族ネタで行きましょう。

 

 

ジェイコブ・メイ外野手です。

 

13年のドラフト3巡目でホワイトソックス入団。

今季初めて外野の控えながら開幕ロースター入りを果たした俊足スイッチヒッターと言う新鋭ですが、今現在30打数1安打で自慢の足も披露できない状況です。

 

プレミア12でもアメリカ代表としてプレーしていたので記憶している日本のファンもいるかもしれません。

 

彼の祖父がメジャーキャリア18年のスター選手。

 

 

リー・メイ選手です。(左側)

 

ナ・リーグオールスターに3度選ばれ、打点王1回、ボールが飛ばない時代といわれた60年代から70年代にプレーして通算354本塁打をマークしたスラッガーでした。

 

画像右側のカルロス・メイは、リーの弟でホワイトソックスを中心に10シーズンプレーし、2度のオールスターに選ばれた強打の選手。しかも78年から81年まで日本の南海ホークスでプレーし、3年連続打率3割をマークし日米でオールスター選手になりました。

 

兵役中に右手親指の第一関節を欠損するというハンデをものともせず大活躍した話題や5月(メイ)17日生まれで背番号17を好んで着けたなど話題の多い助っ人は、ホークスの歴史に残る名選手として知られています。ちなみに現在開催の大阪クラシックシリーズの南海ユニフォームにも袖を通した経験ありというタイムリーな話題もあります。

 

そして、地味ですがリー・メイの息子でジェイコブ・メイの父親が、、、

 

 

リー・メイJr.外野手です。

 

86年にメッツのドラフト1巡目で入団するも8年マイナーでプレーし、3Aまででメジャー昇格ならずキャリアを終えました。

 

長打力のスラッガーの父と俊足の息子の中間のような存在で、メジャーではプレーできなかったものの、マイナーで苦労した経験が活かされ現在もマイナーリーグで打撃コーチを務めています。

 

3世代プロ野球選手として名門一家となるか?

今後のジェイコブのブレイクに期待です。

 

続いては、こちら

 

 

ドミニカ出身、メジャーリーグ11年のキャリアで8球団を渡り歩いたユーティリティプレイヤー。

 

エミリオ・ボニファシオ選手です。

 

内外野を守り、20盗塁以上のシーズンが5回とベンチにいてくれると非常にありがたい存在で、プレイオフを狙うチームがシーズン中に獲得したり、一度放出されたチームに戻ったりと言う重宝される存在です。

 

64番の背番号を3球団で着用しているという珍しい選手です。

近年は時にマイナーも経験するも今季もブレーブスにしっかり復帰してます。

 

そんな彼の弟が今年メジャーデビューしました。

 

 

それが、ホルヘ・ボニファシオ外野手です。

 

2010年に17歳からマイナーでプレーし、3度のマイナーチームMVP、

4度もマイナーオールスターに選ばれ強打の外野手へと成長。

 

ラインドライブマシンなどと言われ長距離打者とは言えないですが、マイナーでも2桁の本塁打を記録し、1試合4打点の試合をシーズン3度マークするなどの勝負強さも買われています。

 

デビュー戦では、オールスター3回、08年ワールドシリーズMVPのハメルス投手相手に3打数ノーヒットに終わるも2日後の試合では3番センターで出場し、ダルビッシュ投手相手にメジャー初安打を本塁打で飾りました。

 

インパクトある打撃でメジャー定着を目指す注目選手です。

 

 

さて、最後は新人王候補の呼び声高い選手。

 

 

25日にデビューしたばかり、13年ドラフト4巡目でドジャース入りした

 

コディー・ベレンジャー一塁手です。

 

プロデビュールーキーリーグで苦戦したと思いきや14年には打率3割、15年、16年のシーズンには2A、3Aと場所を移し、2年連続30本塁打以上をマークする長打力を発揮、今季も3Aで18試合で5本塁打の爆発を見せると、外野手のピーダーソンやグティエレスが、ケガによる欠場をした代わりとしてレフトでメジャーデビュー。早くも初安打をマークするなど上々のスタートを切りました。

 

絶対的レギュラーのゴンザレスがいるものの、早くも楽しみな存在です。

 

そんな彼の父親がこの人です。

 

 

99年〜02年と3シーズンヤンキースでプレーした

クレイ・ベリンジャー選手です。

 

89年ジャイアンツのドラフト2巡目指名でプロ入り。

マイナー10年、30歳にしてメジャーデビューし、内野の控えでユーティリティープレーヤーとして活躍。

 

99年00年と2年連続ワールドシリーズ制覇ながら99年は出場なし、00年は4試合で打席なしでチャンピオンリングを手にしており、伊良部投手もロースターに残れなかった当時のヤンキースの層の厚さの中でも最も幸運な男ともいうべき存在で、日本のファンのかたも記憶している人がいるかもしれないですね。

 

そんなクレイ・ベリンジャーのキャリアハイライトは、04年アテネオリンピックの代表としてプレーしたことでしょうか?

しかも当時マイナー選手で構成された同大会でニューヨーク生まれのアメリカ人ながら地元開催と言うことで、なかば無理矢理に構成されたギリシャ代表の選手だったというオチです。

 

当時のギリシャ代表では、17年WBCカナダ代表だったジョージ・コッタラスや現在ブレーブスでレギュラーを務めるニック・マーケイキス外野手が投手としてプレーしていたなどなかなか異色のチームでした。

 

 

そんな異色キャリアのベリンジャーですが、04年を最後に引退し、アリゾナでリトルリーグのコーチを務め07年にはリトルリーグワールドシリーズにチームを連れていきます。その時の中心選手が息子のコディーだったとのこと。

 

親子2代名門でのプレーだけにワールドシリーズ優勝リングを持てるチャンスが訪れるかも注目ですね。

 

 

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ベースボールカードのススメ その111

WBCに関連した得意のファミリーネタの紹介です。

 

 

まずはオランダからオリオールズのセカンドとして活躍中のジョナサン・スコープ選手。

 

前回大会で活躍しシーズンにメジャーデビュー。

16年には全試合出場でシーズン初の20本塁打越え(25本)で中心選手になり、また大会に帰ってきました。

 

 

同じチームのロースターに在籍するのは兄のシャローン・スコープ内野手です。

 

いち早くジャイアンツ傘下でプロ生活をスタートするも現在は弟と同じオリオールズ傘下のマイナーでプレーしています。

今大会は、弟をはじめシモンズ、ボガーツ、プロファー、グレゴリアスとメジャーで活躍する内野陣がガッチリ中心選手となると思われますが、兄弟での活躍があれば楽しみです。

 

そのオランダから

 

 

第1回からWBCに出場するだけでなくオリンピック、ワールドカップ、プレミア12と国際大会のオランダ代表に欠かせない存在となっているディエゴマー・マークウェル投手です。

 

ブルージェイズ傘下のマイナーでプレー経験があるのは03年まででオランダーリーグで長くプレーするベテラン投手です。

 

実は彼のいとこは、、

 

 

日本のファンにもおなじみの楽天の日本一に貢献したアンドリュー・ジョーンズ選手です。

今回はコーチとしてオランダチームに参加。

 

オランダもベテランと若手のバランスが良く今大会が楽しみなチームです。

 

その他、コロンビア代表からは、、

 

 

イチロー選手のチームメイトとしてマーリンズでプレーしたドノバン・ソラーノ選手です。

控えながらメジャーで定着していたものの、16年には大半をヤンキース傘下のマイナーでプレー。

しかしマイナーでは打率.300を越えて打力向上が期待されます。

 

 

 

兄のジョナサン・ソラーノは、12年にナショナルズで控え捕手としてプレー。

15年にはマーリンズで兄弟揃ってメジャー在籍経験もありますが、また16年にナショナルズ傘下でメジャー復帰を目指してプレーしています。

 

あまり野手陣にビッグネームのいないチームでは、主力となると思われます。

 

 

またプエルトリコからは、、

 

 

3兄弟がすべてメジャーで活躍した捕手として有名なモリーナ兄弟の三男ヤディアー(左)が前回に続き参加し、次男のホセはコーチとしてチームに帯同する予定です。メジャー最高の捕手の呼び声高いヤディアー・モリーナの強肩は今大会も注目ですね。

 

さて、プエルトリコ球史に残る名選手、将来の殿堂入り候補のこの人。

 

 

16年にはメジャー19年目で9度目のオールスターに選出され通算400本塁打300盗塁をマークする万能選手カルロス・ベルトラン外野手です。プエルトリコ代表の中心選手としてこの大会の成功を支えている選手です。

 

彼のいとこが同じチームで参加です。

 

 

13年にパドレスでデビューし、16年はロイヤルズでプレーし、今季からダイヤモンドバックスに移籍したレイモンド・フエンティス外野手です。まだまだメジャー定着の存在ではありませんが、今大会でブレイクすれば面白い存在です。

 

その他、イタリアでは

 

 

こちらもイタリア代表の常連となったドリュー・ブテラ捕手。

 

日米野球にも来日経験がある控え捕手ですが、ツインズ時代のリリアーノとドジャース時代のベケットと2度のノーヒッターの捕手を経験したほか、強肩から度々ワンサイドゲームでマウンドに上がり、その剛速球で話題を呼ぶ名物捕手です。

 

今回父親のサル・ブテラがコーチとして帯同します。

 

 

彼の父親も80年代にメジャーで活躍した控え捕手。

 

実は息子ドリューと共通点のあるメジャーのマウンド経験があり、更に息子が15年にロイヤルズでワールドシリーズ制覇。

父も87年にツインズでワールドシリーズ制覇と親子でチャンピオンリングを持つ野球一家です。

 

そのイタリア代表にはもうひとり

 

16年9月にメジャーデビューしたばかりの

 

 

ギャビン・セッチーニ内野手です。

 

いかにもWBCというアマ時代にアメリカ代表になっていたアメリカ人です。

もちろんブテラ親子もニューヨーク出身のアメリカ人ですが、そこらへんは家族のルーツというアバウトな参加基準。

 

 

兄はレッドソックスでプレー経験のあるガーリン・セッチーニ内野手。

 

兄8本、弟2本のメジャー通算ヒット数ながら代表入りは弟のみ。

同じマイナーのパシフィックコーストリーグで打率3割越えをマークした弟を選んだ目が正しいか?

注目してみましょう。

 

最後はイスラエルでプレーする

 

 

アイク・デービス選手です。

 

ユダヤ系アメリカ人選手のチームなので、侮れないチームですがメジャー30本塁打を放ったシーズンのあるアイク・デービス選手は以前も紹介しましたが、父親がヤクルトでもプレーしたロン・デービス投手です。

 

各チーム意外に多いファミリーネタ。

WBCの違った楽しみ方としての小ネタでした。

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その110

 

本日紹介するのは、ドミニカ出身の野球一家。

 

まずは、名将フェリペ・アルーからの紹介です。

 

ドミニカ人初のメジャーリーグ監督として92年途中からモントリオール・エクスポズを率いて、94年にはストライキによりワールドシリーズも中止となったシーズンにナショナルリーグで首位を走りファンの間でも幻のエクスポズ最強時代と言われたチームを指揮し、最優秀監督賞を受賞。その後ジャイアンツやWBCドミニカ代表監督など輝かしい指導者キャリアを誇ります。

 

 

そんな彼の息子が、オールスター6回、シーズン30本塁打3回、100打点5回をマークした強打者モイゼス・アルー外野手です。

 

17年のメジャーキャリアで通算332本塁打、1287打点、2134安打を放つ強打はもちろんのこと、94年オールスターでのサヨナラ安打、マーリンズ創設初のワールドシリーズ制覇、カブスのヤギの呪いが再注目されるあのファールボール事件など数字以上にインパクトのあるキャリアで記憶にも残る名選手でした。

 

背番号18の外野手、バッティンググラブを使わない、親子で監督選手の関係など、本当に話題の豊富なモイゼス。

 

現在はパドレスの育成部門で指導者の道に進んでいます。

 

さて、ここまでは知ってますよ。と言うファンも多いでしょう。

 

では時代を戻して。。。。

 

 

若き日のフェリペに目を向けると、、

 

1958年にメジャーデビューを果たした際、ドミニカ出身選手として史上2人目でした。

その2年前にデビューしたのが、、

 

 

オジー・バージル選手でした。

ニューヨーク・ジャイアンツでデビューしたバージルは、初のドミニカン・メジャーリーガーながら14歳の時にアメリカに移民として来ており、アメリカ育ちということもあり、フェリペ・アルーこそ初のドミニカン・メジャーリーガーという声もあります。

 

ちなみにバージルはチームのサンフランシスコ移転に伴いデトロイトに移籍し、アルーのデビューイヤーにはチームメイトとならず、デトロイト・タイガース初の黒人選手としても歴史に名を刻みます。9シーズン、プレーするも内野、外野、捕手とユーティリティ・プレーヤーとして活躍。通算800近い打数でわずか34四球と積極的な打撃が特徴の選手だったようです。

 

余談ながら

 

 

バージルの息子、オジー・バージルJr.も80年代にフィリーズやブレーブスで活躍し、オールスターに2度選ばれシーズン20本塁打以上を1度マークするなどメジャー通算98本塁打のパンチ力が魅力のキャッチャーとしてプレーしました。

 

90年にはシニア・リーグで父と監督選手の関係でプレー、そして数少ないシニア・リーグからのメジャー復帰を果たした選手でもあります。

 

 

話がそれましたが、、

 

フェリペもキャリア17年で通算2101安打をマーク、シーズン最多安打、オールスター選出の経験もある名選手でした。

 

そんなフェリペの3歳下の弟が

 

 

マティ・アルー外野手です。

 

オールスター2回、66年には首位打者も獲得(ちなみに2位がフェリペ)、ワールドシリーズ制覇と輝かしいキャリアを誇り、フェリペも打撃技術が最も優れた兄弟がマティだという巧打者で、通算1777安打をマークし、晩年には日本の太平洋クラブ・ライオンズ(現在の埼玉西武)で74年から3シーズンプレーしました。

 

 

更に、フェリペが兄弟で最もプロフェッショナルとたたえたのが、7歳下になる

 

 

ヘスス・アルー外野手でした。

 

メジャーで15シーズンプレー。マイナー時代に投手から外野に転向し通算1216安打をマークしました。

 

そしてこの3兄弟が持つメジャー史上唯一の記録が同じ試合で外野手3人が、アルー兄弟で占められたというもの。

末っ子ヘススは、エクスポズのスカウトを経て、レッドソックスのドミニカのアカデミーのディレクターをしているとか。

 

バージルの余談はさておき、アルー3兄弟についても日本でマティがプレーしたこともあり、知られた話ですが、、

 

実はフェリペの息子モイぜスにも兄弟がいまして、、、

 

 

モイゼスの3歳上の兄、ホセ・アルー外野手です。

 

87年〜89年にエクスポズのマイナーでプレーしました。

3シーズンの通算成績は、打率.255、10本塁打88打点とまずまずながら、メジャー昇格はならずマイナーリーガーとしてキャリアを終えています。88年から2シーズンは父フェリペが監督を務めるチームに所属、元中日のパウエルやステアーズなどもチームメイトとしてメジャーを目指した仲でした。

 

更に、モイゼスと離れること12歳下の弟がいます。

 

 

フェリペ・アルーJr.外野手です。

 

97年エンジェルスの12巡目、98年ロイヤルズの42巡目と2度のドラフトでプロ入り。

キャリアは98年〜01年とこちらも短命のマイナーリーガーとしてプレーを終えました。

 

初年度の2本塁打がキャリアハイでパワーが足りないとの評価ながら3Aでプレーも経験してます。

 

たった1シーズンのしかも途中で消滅した幻の独立リーグであるカナディアン・ベースボールリーグでプレー経験もあります。

元近鉄の真木、元阪神の部坂といった投手らも同リーグでプレーしたという、渋いエピソードも思い出させてくれるキャリアのフェリペJr.は、引退後はオリオールズのドミニカ国内のコーディネーターの仕事もしていたようです。

 

当たり前ですが、こうやってベースボールカードで見ると改めてみんな面影があるというか、似てますね。

 

忘れちゃいないか?とここで思うメジャーファンは流石の一言。

 

実は、アルー一家の苗字は本来はロハスなんですが、母方の苗字のアルーを最初に表記されたのを機にアルーを名乗っていたフェリペからフェリペJr.までのアルー家。

 

実は、ホセとマイナーでチームメイトとしてともに汗を流し、メジャーではモイゼスと共にプレー、フェリペ監督の下でプレーした投手がいます。

 

 

それが、フェリペ、マティ、ヘススの甥にあたり、ホセ、モイゼス、フェリペjr.のいとこになるメル・ロハス投手です。

 

メジャー10シーズンで通算126セーブを挙げた抑え投手で、マリアノ・リベラの師匠とも言うべきジョン・ウェットランド投手の後を受けてエクスポズのクローザーになった90年代に活躍した投手です。

 

カブスやメッツで活躍するとメキシコ、独立リーグ、台湾でもプレーするという長いプロキャリアを誇る名投手でした。

 

 

いやぁ、アルー一族はなかなかの名家でしょ?

 

 

 

まだ終わらない最後のネタは今話題の17年WBCですよ。

 

前回覇者ドミニカの代表ロースターに彼の名が、、、

 

 

メル・ロハスJr.外野手です。

 

2010年パイレーツの3巡目指名でプロ入りし、現在は3Aレベルまで到達。

パイレーツが10巡目までで指名した唯一の野手と言う期待のロハスJr.の武器はスピードとセンターの守備と言われてましたが、プロ入り後はそれほどマイナーでも盗塁数が伸びず、徐々にパンチ力がつき本塁打が二けたになってきているという状況。

 

昨シーズンにブレーブス傘下に移籍しているので、再建中のチームの期待の選手として今年のデビューもあるかもしれません。

 

まずはWBCドミニカ代表でそのプレーを見せてもらいたいと思います。

 

 

 

久々の投稿で長々と書いてしまいました。

まだまだ続くファミリーネタ。

 

次回をお楽しみに。

 

 

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