ベースボールカードのススメ その123

 

本日もファミリーネタです。

 

いつも紹介する選手が古くないか?と思われるかもしれませんが、90年代にメジャーを見始めただけにこの頃の選手がついつい取り上げたくなるんですよ。

 

さ、今回は最近です。

現役選手ですよ。マイナーリーガーですが。。。

 

本日は、ダービー・マイヤーズ外野手です。

 

2006年フィリーズのドラフト4巡目指名でプロ入り。

 

同期のドラフト1巡目組は、ロンゴリア、カーショー、リンスカム、アンドリュー・ミラー、チェンバレンなどすでにメジャーで大活躍し、中心選手やベテラン選手として活躍、あるいはすでに引退し始めた選手までいるという中、マイナーで実に12シーズンプレーし、まだメジャー昇格はありません。

 

ちなみにこの年の1巡目には、カープのジョンソン、オリックスのマレーロ、元ライオンズのレイノルズという選手たちの名前も。。。

 

ベースボールカードの情報によると13歳にしてアストロズの本拠地、ミニッツ・メイド・パークで柵越えを打ったという神童ぶりだそうです。ただ、、試合なのか練習なのか、金属バットなんだろうかといった情報は不明です。

 

 

しかしプロのキャリアでは12シーズンで二桁本塁打なし。と長打力が売りという選手ではない模様。

 

7シーズンをフィリーズ傘下でプレーするも13年にアスレチックス傘下へ移籍し、2Aミッドランドでシーズン最多の33試合連続安打を記録し、注目されます。14年もミッドランドでプレー。当時のチームメイトといえば。。。

 

 

そう、現オリックスの中島選手です。

 

結局メジャー昇格ならずで15年にエンジェルス傘下に移籍し、何とか3Aまで昇格するもリリース。

 

16年、17年は独立リーグでプレーするというキャリア的には現役ながら崖っぷち付近です。

 

しかし、まだ28歳、今年は独立リーグとはいえキャリア最高の打率.337、31盗塁という成績をマークし、オールスターにも選出されたということでいつかのメジャー昇格があるかもしれません。

 

独立リーグも経験した苦労人、マイヤーズ。なんて日が来るかも。。。

 

知る人ぞ知るマイナーリーガー、マイヤーズ選手の前置き紹介が長くなりましたが、彼のファミリーネタはいとこが超ビッグネームなんです。

 

それが、この人。

 

 

NBA史上最高のセンターと言っても過言ではない、シャックこと

 

シャキール・オニール選手なんです。

 

彼については説明の必要もないですね。

 

その経歴は、書ききれないほど多いので割愛します。

 

ちなみに前回ファミリーネタで出したレジー・ミラーとオリンピック・アメリカ代表のドリームチーム2の中心選手つながりだったということで1回で紹介するつもりが、長くなったので2回に分かれたというネタでした。

 

 

 

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その122

 

ネタがたまってきて、最近更新するたびにファミリーネタか二刀流ネタですが、今回もファミリーネタでご紹介。

 

メジャーリーガーのファミリーは、バスケ編です。

 

画像はダレル・ミラー選手です。

 

79年のドラフト9巡目でカリフォルニア・エンジェルスに指名されプロ入り。

 

84年〜88年の5シーズン、エンジェルスで控えの捕手として活躍。

一塁、三塁、外野、DHなどあらゆるポジションで活躍するも通算成績は224試合出場で打率.241、8本塁打35打点という成績に終わりました。

 

マイナーでは11シーズン通算打率.282、65本塁打397打点とコンタクトヒッターとして活躍。

 

 

32歳でキャリアをマイナーリーグで終わるとMLB主催のユース育成アカデミーを運営し、未来のメジャーリーガーを育てることになりましたが、トレイボン・ロビンソン、エフレン・ナバーロという渋い選手が卒業生としてメジャーデビューを果たしてます。

 

そんなダレル・ミラー選手は現役時代から兄弟のほうが有名でした。

 

まずは彼の妹さんが、、

 

 

ロス五輪の女子バスケ金メダルチームの中心、後のバスケ殿堂入りを果たした女子バスケ界の歴史的選手シェリル・ミラーさんです。

 

ダレルが引退後もWNBAのヘッドコーチやフロント、ブロードキャスターとしても活躍し、

アメリカ女子アスリートの知名度ではトップクラスのスターとなってます。

 

更にバスケファンならもうおなじみ、シェリルの弟と言えば、、、

 

 

こちらもダレル引退前は学生スターでしたが、NBA入りするとミスター・ペイサーズとなる活躍。

こちらも今や殿堂入り選手となったレジー・ミラー選手です。

 

引退後レイ・アレンに歴代最高3ポイントシュート得点の通算記録を抜かれるも今も歴代2位の記録を保持。

 

96年のアトランタ五輪ではドリームチーム2の一員として金メダル獲得。

 

オールスター5回、大学、NBAペイサーズの永久欠番31番というバスケファンなら知らない人はいない伝説の選手です。

 

ちなみにシェリルも背番号は31番、ダレルは32番。惜しくもみんな一緒でなく背番号一つだけ上をいく兄。

 

兄へのリスペクトだったりして。。。

 

ミラーファミリーの締めはダレルの息子さん、ダレル・ミラーJr.が2012年ドラフトでフィリーズに34巡目指名を受けるもプロ入りせず進学。そして今年ドラフト外ながらロイヤルズとマイナー契約し、ルーキーリーグでプレーしました。

 

背番号32番、48試合で打率.376、5本塁打43打点と父譲りのコンタクトヒッターになるか今後が楽しみです。

 

 

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ベースボールカードのススメ その121

 

自伝本発売企画?ペドロ・マルチネス投手のファミリーネタを紹介します。

 

デビュー当時のドジャース時代のカードですが、かなり体がスリムに見えますね。

 

キャリアについては8度のオールスター、3度のサイヤング賞受賞、ワールドシリーズ制覇、シーズン20勝2度、最優秀防御率5回、最多勝1回、最多奪三振3回、レッドソックスの永久欠番45と数々の歴史に残る成績を挙げ、殿堂入りも果たしているので、もはや説明不要ですね。

 

そんな彼も自伝で書かれていたように、ドミニカでのドジャースアカデミーやマイナー時代は、この人

 

 

5歳上でドジャースのエースとしても活躍したラモンの弟としてファンからも知られる存在でした。

 

84年ロス五輪のドミニカ代表で16歳にしてプレー、ドジャース入りをすると88年にはリーグ最年少のメジャーデビュー、90年には1試合18奪三振を含むシーズン20勝を挙げ、オールスターにも選ばれています。

 

野茂投手がデビューした当時のチームのエースだったこともあり、日本のファンにも記憶にある方も多いと思います。

 

肩の故障の影響でキャリアは短いですが、ペドロにプロ野球選手として目標を与えた存在として、その功績は成績では表せないものがあります。

 

もちろん14シーズン、通算138勝も立派の一言です。

 

 

マルチネス兄弟の話題と言えばここまでは、メジャーですが、もう少しマニアックなところで、、、

 

 

ペドロの3歳下に左腕の弟、ヘスス・マルチネスがいました。

 

こちらもラモンの影響かドジャースのマイナーリーグからプロ入り、期待の投手ではあったものの、奪三振の数に負けないくらい与四球もあるということで、兄より制球に苦しむタイプだったようです。

 

 

当たり前といえばそうなんですが、兄たちに似てますね。。

 

実はメジャーでの成績は残らず、マイナー最高位は3Aでのプレーになってますが、96年にメジャーに昇格をしていました。

 

マイナー2Aで初の二桁勝利を飾り、9月のロスター拡大で昇格するも、一度も登板することなく終わりました。

 

97年には新球団として誕生するダイヤモンドバックスの拡張ドラフトで3位に指名されるなどいよいよデビューかと期待されましたが、デボン・ホワイト外野手とのトレードでシーズン前にマーリンズへ、更にエリック・オーウェンス外野手とのトレードでレッズへと移籍しました。

 

99年にはラモン在籍のレッドソックスへ移籍するもマイナーを卒業できずインディアンズ、メッツのマイナーを渡り2001年でキャリアを終えました。マイナー通算47勝と平凡な成績に終わったものの、もう少し低迷している球団のマイナーならデビューして3兄弟でメジャーになれた可能性もあったんでは?と思ってしまいます。

 

更にファミリーネタは続き、、、

 

 

04年〜10年にメジャーで活躍したデニー・バティスタ投手は、いとこになります。

 

ペドロには、メジャーとの契約にも一役買ってもらい、オフには一緒にトレーニングをして教えてもらったというチェンジアップやカーブを操るというネクスト・ペドロになるかという期待の逸材でした。ロイヤルズやパイレーツで活躍、メジャー最終年はジャイアンツでプレーし、シーズン終盤までメジャーには在籍できなかったものの、ワールドシリーズ制覇のチームの一員ということでチャンピオンリングを持ってます。

 

11年から13年は韓国のハンファでプレー、14年にはメキシコにも渡って、15年シーズン、マルチネス家全員が在籍経験のあるレッドソックスのマイナーでプレー、1A中心でプレーだったので、今季話題のリン、ベニンテンディ、ディーヴァースらともプレーしているという、最近のファンにも身近に感じるキャリアでした。

 

投手家系のマルチネス家ですが、ついにペドロの息子さん、ペドロ・マルチネスJr.が内野手としてプロ注目の国際プロスペクトだそうです。動画サイトなどにはフェンウェイパークで行った打撃練習の姿なんかもUPされてます。

 

殿堂入りのプレッシャーに負けず、メジャーに現れるか? 楽しみですね。

 

 

 

 

| ファミリー | 01:14 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その120

 

本日紹介するファミリーネタですが、画像のカードは60年代のもの。

 

カンザスシティ・アスレチックスのネルソン・マシューズ外野手です。

 

しかも直筆サイン入りなんですが、自分が生まれる前に活躍したメジャーリーガーのカードを買い集めるほどマニアなのか?というと最近のメジャーリーグカードは、現役で活躍する選手以外にも過去の名選手の復刻盤などが挿入されていることがあります。

 

こちらは14年のトップス社製の復刻盤カードですが、この手の過去の名選手なら大体殿堂入りの名選手や元オールスター選手というところが一般的です。

 

しかし、正直知らなかったこの選手。

 

ここで、ふ〜んとしまい込まずに新たに選手を調べるのもベースボールカードの楽しみのひとつ。

 

調べるとファミリーネタもある、なかなか面白い選手でした。

 

裏面の打撃成績などを見ると60年〜65年の6シーズン、メジャーでプレー。

レギュラーらしき出場は、64年の1シーズンで143三振のリーグ最多の三振を喫した程度で突出した成績はなし。

 

メジャーとマイナーを往来した61年と62年のシーズンではマイナーでシーズン最多三塁打をマーク。

 

かなり渋めの選手でしたが、その息子さんが90年代後半から2000年代前半に活躍。

 

それが、こちら。

 

 

T・J・マシューズ投手です。

 

オークランドに移転後のアスレチックスでプレーしたところが父とのつながりを感じますね。

 

8シーズンで通算32勝16セーブとこちらも渋い成績ですが、歴史に名前が少し出てくる渋い選手なんです。

 

まずは95年にカージナルスでデビュー。

マイナーでは先発で二桁勝利できる投手ながら、リリーフ転向後にようやくメジャーに昇格。

 

将来のクローザー候補のひとりとして頭角を現しだした97年7月31日に歴史となったビッグトレード。

 

マーク・マグワイアのカージナルス移籍の交換相手のひとりとしてアスレチックス入りします。

 

ブルペンで大活躍した97年は2チーム合計でシーズン10勝を挙げる活躍。

 

セットアップマンとしてメジャー定着を果たすも、アメリカの野球ファンには、マグワイアのロジャー・マリス越えが生まれた歴史的トレードのメンバーとして認識されている渋い投手のイメージです。

 

 

 

しかし、日本の野球ファンにはもうひとつ歴史に名を刻む投手であります。

 

それはこの人。

 

 

メジャーリーグ通算3000安打、シーズン最多安打など生きる伝説となっているイチロー選手。

 

歴史は2001年、イチロー選手の歴史を積み上げるスタートになるメジャー初安打を献上した(打たれた)のが、T・J・マシューズ投手なんです。

 

 

 

そんなファミリーネタをもうひとつ。

 

 

イチロー選手と同じ2001年デビューのマイク・バシック投手です。

 

インディアンス、メッツ、レンジャース、ナショナルズなど5シーズンプレーしました。

 

08年のオリンピック予選でアメリカ代表になるなどメジャー経験もあるマイナーリーガーというな存在で、メジャー通算10勝という成績なので知る人ぞ知る選手かもしれませんが、

 

彼が歴史に名を刻んだのは、こちらの大記録です。

 

 

07年ジャイアンツのバリー・ボンズ選手が、ハンク・アアロンを越える通算756号本塁打を打ったその時、マウンドにいたのがバシック投手なんです。

 

 

そんなバシック選手の父親もメジャーリーグの投手でした。

 

 

それがマイク・バシックSr.投手です。

 

息子と同じくメジャーでは実働5シーズン通算8勝という渋い投手でしたが、お互いレンジャースでのプレーを経験しているところが親子の縁でしょうか?

 

そして70年代後半に活躍した父は、当時ベーブ・ルースの通算本塁打記録を破ろうとしていたハンク・アアロンとの対戦経験がありました。結果は2打数1安打でシングルヒット1本にとどめ、親子で本塁打記録を破る歴史的偉業の投手となることはありませんでした。

 

 

歴史の裏側にもファミリーネタあり。

 

ベースボールカードから知る歴史の紹介でした。

 

 

 

| ファミリー | 22:35 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その119

 

本日紹介のファミリーは、親子兄弟といういつもとは違うパターンで。

 

画像の投手は、99年ダイアモンドバックスのドラフト1巡目指名で入団のケイシー・ディグル投手です。

 

02年、03年とマイナーで最多の先発を経験し、04年に2Aからメジャーへと昇格という期待のデビューを果たすも2勝3敗の防御率7点台と振るわず10試合でマイナー降格、翌年は2Aでクローザーに転向したものの、ブルペンでメジャーに06年10試合、10年に13試合とわずか33試合のメジャーのキャリアで2011年にマイナー12シーズン通算66勝71敗39セーブという成績をもって30歳の若さで引退しました。

 

そんなディグルが注目されたのは、04年のメジャーデビュー時ですが、実力もさることながらアリゾナ大にいた婚約者の存在でした。

 

それがこちら。

 

 

ソフトボール、アメリカ代表のエース、ジェニー・フィンチ投手です。

 

オリンピックではアテネで金、北京で銀にチームを導く投球を披露。

 

大学通算119勝16敗1028奪三振、ノーヒッター8回の怪物ぶり。

打っては通算打率.301、50本塁打195打点とまさにレジェンド級。

 

ナショナル・プロ・ファストピッチというプロリーグでもノーヒッターシーズン無敗などの伝説を残して2010年に選手キャリアを終えています。

 

国民的女性スターアスリートとメジャーに定着できなかったプロ投手との結婚ながら、今も仲睦まじくイベントなどで夫婦出席することがあるところが、女性版カル・リプケンなどと呼ばれるほどロールモデルとして人気のフィンチさんです。

 

現役当時からアメリカの王道野球番組TWIB(ディス・ウィーク・イン・ベースボール)に出演していて好評だったこともあり、今はソフトボールの解説などメディアの世界でも活躍するフィンチさんは、なんと女性初のプロ野球の監督も務め、見事勝利をおさめたという記録も持ちます。

 

そのチームが米独立リーグのアトランティック・リーグに所属するブリッジポート・ブルーフィッシュです。

 

米独立リーグ屈指の人気を誇るアトランティック・リーグは、大都市からのアクセスの良さや元メジャーリーガーが多数プレーし、

 

 

その中には現在もプレーするショーン・バロウズのような過去の名選手から

 

もう一度メジャー復帰を目指す

 

 

大家投手のような元メジャーリーガーなどなど多彩な顔ぶれ。

 

 

楽天でプレーした元助っ人のルイス・ロペス選手も数年このチームで主軸を務めました。

 

他にもダン・ジョンソン(元横浜)がナックル投手に挑戦したり、BCリーグ石川でプレーしたドテル選手がプレーしたりとホントに多彩なメンバーが集まっています。

 

 

集客イベントも多種多様で、このチームではシーズン中にゲスト監督として1試合限定の監督を招聘します。

 

 

フィンチさんも招聘され見事勝利をおさめたというものです。

 

その他にも、、ピート・ローズやオジー・ギーエン、

 


ロジャー・クレメンスなども参加経験ありで、話題性に富んだ人選になってます。

 

90年代一世風靡したプロレスヒール軍団、NWOのナッシュ&ホール&X−パックの3人がゲストに来たなんて異色のイベントもありました。

 

 

ちなみにその当時レギュラーの監督は、、

 

 

元ダイエー・ホークスのウィリー・アップショーが務めてました。

 

現在は退団してますが、今年の8月にはイベントでブルーフィッシュレジェンドOB対MLBレジェンドOBのエキシビジョンゲームが行われアップショーや前出のロペスも参加してました。

 

対するMLB側もドワイト・グッデン、ルーベン・シエラ、オーランド’エル・デユケ’ヘルナンデス、キース・フォークといった強烈なメンバーが参加するなど、これがお盆休みなら強行で見に行ったかもしれないくらい豪華なイベントでした。

 

しかし、イベントもさることながらこれだけ盛り上がるのは選手のレベルの高さとチャンスの多さがあるようで、今シーズンもここまで70名がMLB傘下、メキシコ、台湾など他国のプロリーグにシーズン途中に移籍するといういまやFA選手の見本市的な役割もあるようです。

 

 

また独立系マイナーとはいえ、立派なスタジアムも魅力のブリッジポート

 

 

背景の工場地帯とのコントラストが美しいスタジアム。

メジャーとは違う雰囲気はぜひ行ってみたいスタジアムです。

 

 

メジャーリーガーとソフト界レジェンドのビッグカップル紹介から今個人的に熱い独立リーグチームの紹介に飛ぶというネタでしたが、夫婦には2男1女の子供さんがいるので、将来の野球界、ソフト界のスターになるかもしれませんね。

 

 

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ベースボールカードのススメ その118

 

本日もファミリーネタ。

 

先日に続いてベイスターズネタです。

 

画像は、昨年ベイスターズでプレーしたザック・ペトリック投手です。

 

防御率は5点台ながら先発7試合を含む15試合で3勝2敗と大活躍ではなかったものの、アメリカではカージナルスのマイナーに4シーズンでルーキーリーグから3Aまで昇格。来日時に26歳ということで、今シーズンも日本で投げれるかという期待もあった投手です。

 

しかし、契約更新には至らず、今シーズンは韓国リーグでプレー。

名門サムソンで元ロッテ、巨人、オリックスのイ・スンヨプのチームメイトになっています。

2勝8敗と苦戦してますが、今のところすべて先発としてチャンスをもらっています。

 

年齢的にいろんなスタイルの環境で野球をして、いつかメジャー復活というかメジャーデビューできるか楽しみな右腕です。

 

さて、そんなペトリック投手の6歳上の兄がこの人。

 

 

02年カブスのドラフト3巡目でプロ入りしたビリー・ペトリック投手です。

 

カープのバリントンが全米1位指名を受けたドラフトですが、カブスはドラフト3巡目まで6つの指名権を持つなど期待のドラフトながら結局3巡目で指名した10名の中で、メジャーデビューしたのは07年のビリーただひとりだったというカブス不作ドラフトの象徴的な存在となりました。

 

そんなビリーも07年6月デビューで最終戦が7月と23歳のシーズン1か月のみのメジャー在籍期間に終わり、その後は故障もあり、復活を目指して独立リーグを転々として31歳でキャリアを終えました。

 

前回同様キャリア的には話を広げるほどネタはありませんが、ベイスターズファンの豆知識に紹介でした。

 

 

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ベースボールカードのススメ その117

 

久し振りのファミリーネタです。

 

今回はさくっと、日本プロ野球で活躍した選手とその家族の話。

 

画像はティム・コーコラン投手です。

 

現在、広島に次いで集客イベントが面白い人気チームになっている横浜で、13年のシーズン途中に加入し、1勝3敗防御率5.61と微妙な成績を残した投手だけに最近のベイスターズファンでも覚えている方が少ないかもしれません。

 

どんな選手かは、来日時に当ブログでも紹介→コチラ

 

78年生まれのコーコランはキャリアの晩年を日本でプレーし、その後ドミニカのウインターリーグで投げた後、引退しています。

 

マイナーを含むプロ16年での通算成績は、76勝77敗と渋く息の長い選手でした。

 

そんな彼には2歳下の弟がいました。

 

 

それが、ロイ・コーコラン投手です。

 

ルイジアナ州大でプレーし、01年ドラフト外でエクスポズに入団。

 

03年にはメジャーデビューを果たしています。

その後ナショナルズにチーム名は変わりますが、メジャーとマイナーを往復し、08年マリナーズで50試合に投げて6勝2敗とブルペンながら大活躍。その後はマイナーに逆戻りで、晩年は独立リーグでプレー、メキシカンリーグにも活躍の場を求めていきました。

 

15年のプロ生活で通算56勝57敗と、兄弟そろってあと1勝で生涯勝率5割という成績でした。

 

特に広げれるネタがなかったものの、にわかベイスターズファンと思われない豆知識としては面白いネタかと思います。

 

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ベースボールカードのススメ その116

 

本日もファミリーネタです。

 

先日、二刀流ネタにてスタンフォード大学のフットボールと野球の両方のプロでプレーした選手たちを紹介しましたが、今回のファミリーのひとりもスタンフォード大でフットボールをプレーしてました。

 

それが画像のケニー(ケン)・ウィリアムズ外野手です。

 

82年ホワイトソックスの3巡目指名を受けて入団するもスタンフォード大で1年フットボールをプレー。

あのジョン・エルウェイとチームメイトとしてチームのリターナーを務めて俊足を生かしてました。

 

野球に専念し、86年にはメジャーデビュー。ビッグレッドマシンの主砲ジョージ・フォスターのキャリア最後のプレーの翌日外野手としてスタメンに名を連ねるなど期待値は高く87年には外野のレギュラーを掴めるかというところまで行きましたが、翌年にランス・ジョンソンの加入でサードへコンバートされたあたりから不振になり、外野に戻るも大成せず数チームを渡り歩き、91年を最後に27歳で選手キャリアを終えました。

 

92年にスカウトとしてホワイトソックスに戻るとテレビ解説、マイナーや育成ディレクターなどでフロントに転身すると2000年にはGMになり、ルーキー時代のチームメイトのギーエン監督とタッグを組んで05年にはワールドシリーズ制覇にチームを導きました。現在は球団副社長として現場上がりのフロントとしては大成功を収めたひとりでしょう。

 

さて、彼の息子さんは企業家、スカウトとその才能をフロントで発揮しつつ、他にも

 

 

ケニー・ウィリアムズJr.は、04年ホワイトソックス36巡目、07年ロッキーズ32巡目と2度のドラフトでも入団せず大学でプレー、08年にホワイトソックス8巡目で指名されるとプロ入りをしましたが、GMが父であり過度なプレッシャーにならぬようスカウトに転身することも考慮しての指名だったようです。結局12年まで5シーズンをマイナーでプレーし2Aまで昇格するもキャリアを26歳で終えスカウトに転身、父のもとを離れダイヤモンドバックスのスカウトをつとめてます。

 

更に弟のカイル・ウィリアムズも06年47巡目にホワイトソックスに指名されるも大学に進学。

 

 

なんとその後2010年のNFLドラフトで49ersから6巡目指名されフットボール選手になりました。

 

チーフス、ブロンコスと渡り歩くもケガでなかなか大活躍とは行かずという感じですが、父譲りなのかワイドレシーバー、リターナーでプレー。16年シーズン前のジェッツのトレーニングキャンプでカットされNFLでは現在プレーせずです。

 

さらにまだ弟がいまして、、、

 

 

タイラー・ジュリアン・ウィリアムズことT.J.ウィリアムズ選手です。

 

09年ホワイトソックスの43巡目指名を受けますが、プロとしてプレーしたのは11年のアリゾナのルーキーリーグからですぐにホワイトソックス傘下に移籍し、15年までの4シーズンプレーながら2割2分程度の通算打率で1Aどまりでキャリアを終えています。

 

かなり家族の力が動いたような息子さんたちのキャリアですが、父の仕事場で子供時代から遊び、球界に携わる大人になっていく流れが結構多いのがメジャーリーグの世界です。

 

そんなウィリアムズに負けない野球一家がホワイトソックスに所属してましたが、、

 

 

 

14シーズンで通算65勝、2度のオールスター左腕のデイブを父に持ち

 

 

パイレーツやドジャースで三塁手としてプレーした弟アンディを持つ

 

 

 

アダム・ラローチェの息子さんのクラブハウス立ち入りに苦言を呈して、ラローチェが突如引退したなんてニュースが昨年ありました。自らの息子たちをドラフトしまくったとは思えない行動ですが、タンパリングじゃないものの、もう少し寛大に仲良くしてれば後にドラフト候補になったりしたら、ホワイトソックスでプレーしたくないなんてこともありえるのでは?

 

フロントとしては失態か?数年先にそんなドラマがあるかどうか、、、

 

そういえば絶頂期のグリフィーJr.もFA時に、子供の頃クラブハウスに出入りして注意されたヤンキースではプレーしないなんてこと言ってましたね。

 

ちょっと意地悪な展開を想像しつつ、本日のファミリーネタ終了です。

 

 

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ベースボールカードのススメ その115

 

お得意のファミリー紹介。

 

今回は話題の助っ人クリス・マレーロ選手です。

 

今季シーズン途中にオリックスに加入し、来日初アーチを放ったものの、ホームべース踏み忘れでアウト。

記録は三塁打となった珍プレーでいきなり話題になった選手です。

 

翌日に今度はしっかり本塁打を打ちなおす当たりもってますね。。

 

88年生まれのクリスは06年ナショナルズの1巡目指名を受けてプロ入り。

同期の1巡目選手には、ロンゴリア、ミラー、カーショー、リンスカム、シャーザー、カープのジョンソンなど錚々たる顔ぶれです。

 

マイナーのほとんどのシーズンで二ケタ本塁打を記録する長打力が魅力で、11年にはメジャーデビューします。

翌年のシーズン定着を目指してドミニカ・ウインターリーグに参加も故障して翌年のスタートが遅れ、マイナー暮らしが続きます。

 

以降オフにドミニカ、メキシコ、ベネズエラなどでプレーし、いろんなチームのマイナーでプレーし、メジャー復帰を目指します。

一時は独立リーグでプレーしていたが、いとこが在籍するレッドソックスのマイナーで昨年プレーし、好成績を残して今季はジャイアンツと契約。13年以来のメジャーでのプレーを経験し、メジャー初本塁打もマーク。

 

同じシーズンにメジャー初本塁打とNPB初本塁打を達成する珍記録を持つことになりました。

 

そんなクリスには

 

 

クリスチャン・マレーロという2歳上のマイナーリーガーの兄がいます。

 

05年ホワイトソックスの22巡目という低い指名順ながらマイナー11年で1100試合以上プレー。

 

アベレージヒッターながら一塁兼外野というところで長打力が弟ほどないのが昇格できないところかもしれません。

弟同様ウインターリーグに参加するなど経験値は高く、今季はメキシカンリーグでプレーしてます。

 

 

もともとこのマレーロ兄弟を取り上げようとネタを準備していたのは、ふたりの叔父さんに当たる元メジャーリーガーが有名であったことでした。

 

 

カージナルスの正捕手といえば、モリーナ、その前がマシーニ監督、その前に努めたのがマレーロ兄弟の叔父さんイーライ・マレーロ選手だったのです。

 

キューバ出身の選手ということで以前紹介したので細かいキャリアの紹介は割愛しますが、ロッキーズ時代に松井稼頭央選手とのトレード相手だったということで稼頭央選手のワールドシリーズ進出に影ながら貢献したという日本に無理やりのご縁を紹介。

 

更に現在、彼の息子も学生でアメリカ代表に招集される捕手になってます。

 

 

イライア(と発音するのかな?)選手です。

15年にレッズの29巡目ドラフトを受けるも入団せずミシシッピ州立大でプレーしてます。

子供の頃ブッシュスタジアムで打撃練習をして遊んでいたなど、いずれメジャーの世界に来る日も近い気がしますね。

 

そしてイーライのもう一人の甥っ子で、クリスとクリスチャンのいとこにあたるのが、

 

 

現在レッドソックスで故障のペドロイアに変わりプレーしている

デベン・マレーロ内野手です。

 

クリスの2歳下の90年生まれで、09年レッズの17巡目指名を受けずに大学球界の名門アリゾナ州立大でプレーし、

1年時からから活躍。大学のアメリカ代表にも選ばれています。

 

 

マレーロ家の血筋か強肩で守備がうまく、大学球界1の名遊撃手として鳴らしました。

同じころの代表には、マイケル・ワカ、ケビン・ガウスマン、マーカス・ストローマンなど、すでにメジャーで活躍している投手もズラリと並びます。

 

走塁とコンスタントな打撃も向上をみせ、12年ついにレッドソックスからドラフト1巡目の指名を受けてプロ入りしました。

野手としては92年のスコット・ハッテバーグ以来となるドラフト指名後最初のキャンプでメジャーキャンプに参加したことなどからかなりの有望株という評価でした。

 

まだメジャーで活躍できる攻撃力があるかを判断するには早いかもしれませんが、守備力でチャンスを掴み経験値から打力向上があるとチームの中心になれるかもしれないですね。

 

マイナーの指導者(イーライ)

大学球界のプレー(イライア)

NPBでのプレー(クリス)

メキシカンリーグでのプレー(クリスチャン)

MLBでのプレー(デベン)

 

各リーグで活躍が観れるチャンスありの楽しみなマレーロ一家でした。

 

 

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その114

 

メジャーリーガーの家族ネタは、カードを集めだすと尽きることなく続きますね。

 

日本球界とのつながりや知られざる選手の親子、兄弟、親戚関係、他のスポーツとのつながりなどさまざまで、選手名鑑やネット情報でカバーできないものもあり、カードコレクターのコレクター心にも燃料を注いでくれます。

 

さて、画像はオールドファンの知る選手、個人的にも生まれる前に活躍した助っ人選手なんでカード他を調べた選手です。

 

埼玉西武ライオンズの前身である太平洋クラブライオンズで73年に入団し、日本で4年間プレーしたドン・ビュフォード外野手です。

ホワイトソックスとオリオールズで主力として、10年のキャリアを誇りオールスター選手になったメジャーリーガーで、来日後も開幕戦サヨナラ本塁打、バットを折りながら本塁打を放ったなど、170Cmという小柄な体格ながら力強い打撃で語り草になり来日2年目にはベストナインに輝き日米オールスター選手になったという、助っ人として存在を示した選手でした。

 

そんな彼の息子が、

 

 

90年のドラフトで父の活躍したオリオールズからドラフトされ、93年にはメジャーデビューを果たしたデイモン・ビュフォード外野手です。

 

サザンカリフォルニア大では、ブレット・ブーンやジェフ・シリーロといった後メジャーリーガーらとプレー。

マイナーではシーズン64盗塁をマークするなどスピードと守備力を買われメジャーに昇格してきました。

 

期待の存在でメッツとのトレードでは、オールスターのボビー・ボニーヤの交換相手になるなど期待値は高いものの、本塁打全盛時代のムーブメントの中で、第4の外野手のポジションに落ち着きはじめますが、2000年のカブスに移籍すると開幕戦においてメジャー史上シーズンで最も早く(3月29日)、北米以外(日本)で安打をマークした最初の選手という記録を残すということで、日本との縁を感じる選手でもありました。このバットは野球殿堂に届けられたということです。

 

その他このシーズンは4月27日には、1回に先発投手(ホゼ・リマ)から4人の打者が本塁打を打ったという偉業のひとりに入るなど、キャリア最高のシーズンを送るも翌年のスランプからあっさり解雇されるとメジャーに復帰することなくキャリアを終えました。9年間の通算成績が、打率.242、54本塁打、218打点、56盗塁と得意のスピードを活かせきれずの成績ながら本塁打については、野茂、伊良部と言った日本人投手からもマークしており、日本でプレーする機会があっても良かったと思える選手でした。

 

マイナーでは、コーチと選手という間柄でオリオールズの組織にいたビュフォード親子。

実はデイモンの4歳上に兄がいて87年のドラフト外でこれまたオリオールズのマイナー選手として4シーズンプレーしたのが、、

 

 

ドン・ビュフォードJr.選手です。

 

1Aヘイガースタウン・サンズでシーズン77盗塁も記録したものの、チームごと2Aになった89年から2年間、打率も2割に満たない状況が続きキャリアを終えました。

 

彼のハイライトは、89年マイナーのイースタンリーグでダイヤモンド・ディプロマシー・ツアーと称してソビエト連邦(現ロシア)ナショナルチームとのエキシビジョンゲームと野球クリニックツアーのリーグ代表選手に入ったことでしょう。

 

またここで、イースタンリーグ選抜にいたメンバーには、後にメジャーの監督となるトレンブリー、バニスターらが参加してます。

日本に縁のあるメンバーと言えば、、

 

 

85年、阪神の日本一に貢献したリッチ・ゲイル投手が投手コーチとして参加。

 

 

また、イチロー、田口、長谷川ら後の日本人メジャーリーガーらとオリックスでチームメイトとなったトロイ・ニール選手も参加していました。

 

少しこじつけ感もありますが、歴史や日本野球と関わりあるビュフォード家族の紹介でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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