ベースボールカードのススメ その143

 

本日のファミリー紹介は、18年日米野球で活躍した選手。

 

画像は、MLB最高の捕手と言われるヤディヤー・モリーナ捕手。

 

オールスター、ゴールドグラブを共に9回経験。

この時代にカージナルスでメジャーデビューから15シーズン過ごし、2度のワールドシリーズ制覇も経験。

シルバースラッガーも経験ありと生きる伝説といっていい名捕手です。

 

そんな彼は、デビュー当時は名捕手を輩出するプエルトリコ出身のモリーナ兄弟の末弟という紹介を受けるメジャー球界きってのファミリー選手でした。

 

 

ヤディヤーは三男。

次男がこちらのホセ・モリーナ捕手です。

7歳上のホセは93年のカブスのドラフト14巡目でプロ入り、エンジェルス、ヤンキース、ブルージェイズ、レイズと5球団を渡り歩き、オールスター常連の弟ほどではないものの渋い控え捕手としてリード面を高く評価され15シーズンもMLBでプレーしました。

 

エンジェルスとヤンキースで2度のワールドシリーズ制覇を経験しています。

 

 

そしてホセの1歳年上の長男がベンジー・モリーナ捕手。

02年エンジェルスのワールドシリーズ制覇を経験。

ゴールドグラブも2度経験、弟二人より短いものの13シーズンプレー、今シーズン三男に抜かれるまで3兄弟の中でトップの通算本塁打144本を記録、引退まで強打と堅守の捕手として活躍しました。

 

モリーナ兄弟は超有名なファミリーですが、今回の日米野球には他にもファミリー選手がいました。

 

それが

 

 

ウィット・メリフィールド内野手です。

 

2010年のドラフト9巡目全体262番目でロイヤルズから指名をされ、近年の選手にしては珍しくマイナーで6シーズンを過ごしメジャーデビューは16年の27歳のときと遅咲きのプレーヤー。

 

ワールドシリーズを制した当時のメンバーが徐々に抜けていく中で、ユーティリティーな役割で活躍し81試合で88本の安打を放つも17年もマイナースタートになりました。ただし、9試合で格の違いを見せるとメジャー復帰で169安打、19本塁打34盗塁で盗塁王を獲得。そして、今季は1シーズン戦う体を作るため毎朝9個の卵、そしてチキン、ライス、野菜のみを毎食食べるという食事管理をして開幕メジャースタート、192本のリーグ最多安打、43盗塁で2年連続の盗塁王、打率.304と成績を向上させました。

 

ちなみに昨年の年末のTV特番でアスリート版筋肉番付でも来日しており2年続けての来日となってます。

 

さて、そんなメリフィールドのファミリーは、、

 

 

83年にエンジェルスのドラフト2巡目指名を受けてプロ入りしたビル・メリフィールド内野手。

 

ウィットの父親です。

6シーズンのマイナー生活で最高3Aまで昇格するもメジャーでのプレー経験がなかったマイナーリーガーです。

とはいえ、ドラフト指名順位は息子よりも高く、84年の1Aピオリアでは138試合で29本塁打97打点と活躍。

その後3シーズンで3Aエドモントンまで昇格。当時のチームメイトには、ロッキーズの主砲として活躍したダンテ・ビシェット、日本でも活躍したマーク・ライアルやジャック・ハウエルなどがいました。

 

87年にはのちにヤクルトでプレーした名内野手

 

 

ジョニー・レイとのトレードでパイレーツのマイナーに移籍。

実はメリフィールド父は、エンジェルスにドラフトされる前の80年にパイレーツから36巡目に指名されていました。

パイレーツ待望の選手をうまく獲得したかと思いきや、8月終盤のトレードのため3Aバンクーバーで数試合の出場でシーズンを終えると翌年4月にはレンジャースにトレードされます。その時の交換相手が、、

 

 

デイブ・サックス捕手。

メジャー5シーズンで37試合出場の控え捕手ながらこれまたファミリー繋がりがありまして、彼の弟が80年代のスター選手。

 

 

82年の新人王、オールスター5回、シルバースラッガー賞1回、ドジャースやヤンキース、ホワイトソックスと名門チームのトップバッターを務めて14シーズンのキャリアで通算打率.281、444盗塁を記録した名二塁手

スティーブ・サックスです。

 

プレースタイルはウィット・メリフィールドに近い選手ですね。

 

さて話はビルに戻して、88年シーズンをテキサスの3Aオクラホマで90試合プレーしましたが、打率.222、4本塁打26打点と振るわず26歳でキャリアを終えています。このチームでは、阪神でプレーしたルパート・ジョーンズ、トム・オマリー、西武でプレーしたホゼ・トレンティーノらもプレーしており、なかなか日本と縁を感じるキャリアです。

 

最後は今回の日米野球でクローザーとしてプレーした

 

 

カービー・イェイツ投手です。

05年レッドソックスの26巡目で指名されるもサインせず、大学に進学するもトミー・ジョン手術で2シーズン大学でプレーできず、09年のシーズン途中にタンパベイとアマチュアFAで契約14年に27歳でメジャーデビューを果たした苦労人です。

 

5シーズンで12勝11敗14セーブ291奪三振の通算成績、三振の奪える投手として今シーズン不振のチームから強豪へとトレードされたクローザー、ハンド投手の後任としてクローザーに抜擢されました。

 

巡回コーチの野茂氏直伝のフォークがキャリアの転機と紹介されていましたが、実は16年に在籍したヤンキースで田中投手から教わった球種とのこと。マー君譲りで野茂氏に磨かれたフォークが武器というのは日本のファンも応援したくなる投手ですね。

 

 

そんなカービーの10歳年上の兄、タイラー・イエイツは98年アスレチックスの23巡目指名を受けてプロ入りした投手でした。

ハワイ出身でサーフィンで鍛えた上半身の強さとスタミナで速球派として注目され01年にリリーフに転向すると17セーブでマイナー、テキサスリーグのオールスター選手に選ばれ、オフにはデビッド・ジャスティス外野手とのトレード要員のひとりとしてメッツ入りし04年にメジャーデビュー。

 

肩の手術を受けて苦しむもブレーブス、パイレーツで年間70試合以上に登板するなどカムバックを果たして08年までプレー。

5シーズンで通算12勝17敗4セーブと図らずも弟と同じ勝利数を記録、故障もあり31歳でキャリアを終えた兄も果たせなかったクローザーと自分以上の通算勝利数をこれから重ねることができるか、そんなところも注目したイェイツファミリーの紹介でした。

 

備忘録に日米野球メンバーのカードなんかもここにUPして残しておくと何年後かに振り返る際に便利そうですね。

 

 

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ベースボールカードのススメ その142

 

本日紹介のファミリーネタは、マイナーリーグカードから。

 

2013年ナショナルズの1Aヘイガースタウン・サンズの投手ブライアン・ハーパーです。

 

2011年のドラフト30巡目でナショナルズの指名を受けてプロ入りながら、2008年にもナショナルズから31巡目指名され進学、更に2010年にもカブスから27巡目指名を受けたものの、大学でのプレーを続けました。

 

ちなみにカブス直前の2010年はサウスネバダ短大で10勝1敗、防御率2.18、57回3分の2を投げて88奪三振の好投でチームもジュニアカレッジ・ワールドシリーズに出場、優勝は逃すものの左のパワーピッチャーとして注目されてのプロ入りかと思いきや、実はこの好投の裏にはメジャーのスカウト注目の捕手がいたのです。

 

それが、、

 

 

この年に全米ドラフト1位でナショナルズから指名された

ブライス・ハーパーです。

 

そう、ブライアンは、このブライス・ハーパーの兄なんです。

 

2012年のナ・リーグ新人王、2015年のナ・リーグMVP、

デビューから7シーズンで6度のオールスター選出。

 

今年のオールスターホームランダービーで優勝をするなどメジャーリーグファンに知らない人はいないいでしょう。

 

ちなみに兄とチームをカレッジワールドシリーズまで導いたシーズンのブライスはというと打率.442、29本塁打89打点18盗塁を62試合の出場でマークするケタ外れの活躍でした。

 

翌11年にナショナルズに入団する兄ですが、08年の兄の指名からナショナルズのドラフト戦略だったんではとゲスな勘ぐりしちゃいます。

 

ちなみに短大時代から背番号34ブライス、背番号33ブライアンという関係はプロでも継続中です。

弟のシグニチャー・モデルのグッズを提供するアンダーアーマーのスパイクを使用しているところも兄弟らしくて興味深いなというのもカード画像からうかがえます。

 

16年に3Aまで昇格し活躍、9月の昇格も噂されたブライアンですが昇格はならず、トミー・ジョン手術を受け翌17年を全休しました。

 

今年は2Aハリスバーグで復活し44試合に登板3勝1敗4セーブ、防御率3.69と来季への期待をさせる内容でした。

弟のFAイヤーということもあり、残留のポイントに兄弟でのメジャーでのプレーも少なからずあるのではないでしょうか?

 

さて、この兄弟が通ったサウスネバダ短大で同じ時期にプレーした選手が、日本球界にいるのをご存知でしょうか?

 

しかも、メジャー最高の選手のひとりブライス・ハーパーとバッテリーを組んだ投手。

 

それが、

 

 

今シーズン途中オリックスに入団したドン・ローチ投手です。

 

2010年3巡目にエンジェルスに指名されてプロ入り、12年にエルネスト・フリエリ投手とのトレード相手のひとりとしてパドレスに移籍し、14年にメジャーデビュー、15年カブス、16年マリナーズと移籍し、17年には韓国でプレーし、今季はオリックスに来るまでホワイトソックスのマイナーでプレーしてました。ヒゲが特徴でブライス・ハーパーと2歳違いに見えない風貌ですが、この11年のマイナー時代のカードを見ると、逆に若く見えますね。

 

ついでにドラフトイヤー2010年の短大での成績も挙げておきましょう。

111回3分の1を投げて12勝3敗、防御率2.67、142奪三振。

兄ブライアンと左右のエースという成績ですね。

 

今回はファミリーネタから来日助っ人ネタにつなげる得意の?

パターンの紹介でした。

 

次回のネタもお楽しみに下さい。

| ファミリー | 18:27 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その141

 

久し振りのファミリーネタの紹介です。

9月末でMLBではプレイオフシーズンで盛り上がるところですが、野球シーズンの終盤に開幕を迎えたアメリカン・フットボールとのファミリー紹介と行きたいと思います。

 

まずは、画像の選手から90年代にインディアンズで活躍したウェイン・カービー外野手です。

 

映画メジャーリーグの公開で躍進を始めた頃のインディアンズの外野手で92年にはマイナーで打率3割50盗塁を越えるもベル、ロフトンというオールスターに強打のマニー・ラミレスの台頭で4番目の外野手となった渋い選手です。

 

93年にはリーグトップの捕殺19をマークするなど強肩も売りの外野手ながら全盛期のチームメイトが凄かったという目立たぬ選手に終わりました。しかし現在はオリオールズの一塁コーチとして選手時代に負けないキャリアを築き始めています。

 

 

彼の弟が、93年ドルフィンズのドラフト3巡目でNFL入りし、49ersやレイダースなどで10シーズンも活躍したランニングバックのテリー・カービー選手です。ダン・マリーノやスティーブ・ヤングという歴史に残るQBとプレーし、通算2875ヤード27タッチダウンをマークした主力選手でした。

 

 

同じ高校から同時期にNFL入りし、ペイトリオッツでラインバッカーとしてオールスター選手になる活躍をしたクリス・スレイドとカービー弟は地元のスポーツの殿堂に入る名選手でした。

 

 

 

続いては、2015年ドラフト2巡目でエンジェルスに入団したジャマイ・ジョーンズ外野手です。

 

エンジェルスのプロスペクト2位で16年には早くもルーキーリーグのオールスターになりました。

オールドスタイルのトップバッターとも評されるジャマイの武器はスピードで、盗塁は昨年1Aと1A+で27盗塁。

今シーズンは1A+スタートで昨年より打撃で苦戦するも2Aモビールに昇格、そこで成績が1A+より改善されており24盗塁で終了。数字的には下がったようがありますが、今季からセカンドにコンバートされたことそして盗塁成功率が50%から80%と格段に上がったことを考えると今後が楽しみな20歳です。

 

そんなジョーンズの父も兄も大学フットボールのスター選手で、2014年にドラフト2巡目でデトロイト・ライオンズから指名された兄が、、、

 

 

ワイド・レシーバーのT・J・ジョーンズ選手です。

毎年ロスター争いが厳しいNFLでまだまだレギュラークラスの活躍とは言えませんが、昨年はキャリア最高の6試合でスターターを務め399ヤード獲得するなどし、オフに契約延長を勝ち取りました。

 

兄弟共に今後が楽しみな存在です。

 

続いては、

 

 

2013年ダイヤモンドバックスのドラフト1巡目指名でプロ入りしたブレイデン・シプリー投手です。

 

最高98マイルの速球にチェンジアップが高評価で、将来は決め球になると評価のカーブやカッターも混ぜる期待の若手としてマイナーでは先発で活躍し、14年にはオールスターフューチャーズゲームに出場し、16年にメジャーデビュー。14試合に先発し通算は4勝6敗の成績ですが、今季はメジャーでリリーフとして3試合の登板に終わっています。

 

そんな彼のいとこが、

 

 

2010年シンシナティ・ベンガルズのドラフト3巡目で入団したワイドレシーバー、ジョーダン・シプリー選手です。

 

3シーズンで24試合858ヤードで0タッチダウンと通算成績は奮わなかった印象ですが、大学時代に陸上選手としても活躍したジョーダン選手は、100メートル走のベストが10.85秒と期待のレシーバーだったんだなと思います。

 

どうしても血縁関係になると投手とQBやレシーバーと俊足リードオフマンなんかを思い浮かべますが、レシーバーのジョーダン・シプリーのいとこが投手のブレイデンっていうのが珍しいかと思いきや、学生時代は遊撃手のブレイデンはメジャー初勝利の試合で安打と盗塁を決めるなど、DNAを感じさせますね。

 

続いては、

 

 

2013年バッファロー・ビルズのドラフト2巡目指名でプロ入り、現在はマイアミ・ドルフィンズでプレーするラインバッカー、キコ・アロンソ選手です。キューバ生まれの父とコロンビア人の母というラテンのパワーで現在リーグを代表するディフェンシブな選手に成長しつつある存在です。

 

そんなアロンソ選手の兄が野球選手なんです。

 

 

それが2010年フィリーズのドラフト32巡目でプロ入りしたカルロス・アロンソ内野手です。

 

2014年26歳の時に2Aレディングでチーム最多の安打を放ち、初のキャリア2桁本塁打を放つなど楽しみな選手に成長していたものの翌年に12試合出場しただけで左ひざの故障でシーズン絶望、再起を目指す2016年3Aリーハイバレーまで昇格するも調子は上がらず、28歳という年齢もあり、キャリアを終えることになりました。

 

本日最後の紹介は、今最も熱いNFL選手。

 

 

2017年のドラフト1巡目でカンザスシティ・チーフスに入団したQB。

パトリック・マホームズ鏡い任后

 

テキサス工科大時代からNCAAのシーズン記録となる1試合での最多パスヤードを獲得するなど注目のQBで、鳴り物入りの入団もルーキーシーズンは、レギュラーQBのアレックス・スミスがいるため出場機会がないまま最終戦に初登場するとデビュー戦で284ヤードも獲得するなど過去のスター選手ロバート・グリフィン契ぁ▲▲鵐疋螢紂次Ε薀奪以来の好成績となりました。

 

スミスがレッドスキンズに放出され、早くも今シーズンレギュラーの仕事に就くと開幕から3連勝、タッチダウンパス13本は現在NFLトップで、キャノンアームと評される強肩から驚きのスピードのパスを投じており、ハイライト映像にも頻繁に取り上げられてます。

 

高校時代はバスケでMVP、野球では16奪三振のノーヒッターを記録するなど各スポーツ界からも注目された存在でした。

 

そんな彼の父親は元プロ野球選手。

 

 

90年代にツインズで活躍したパット・マホームズ投手です。

 

88年のドラフト6巡目でプロ入り、92年に21歳でメジャーデビューとツインズのトッププロスペクトでマイナーでも大活躍するなど期待の投手でしたが、地元メトロドームでの防御率が悪いという投手で、96年にはレッドソックスへ移籍、97年途中にはレッドソックスを解雇され、日本の横浜ベイスターズに入団しました。そのシーズンは3勝し、翌98年もプレーするも故障もあり0勝に終わりました。ただベイスターズの日本一のシーズンであり、94年にまだ交流戦のないアメリカン・リーグで延長戦の代走でリーグの投手で唯一の得点を挙げた珍記録をマークしたことを知ってか、日本でも代走で出場した投手という、恐らく日米で代走経験のある投手としてレアな記録を作ってます。

 

帰国後も数シーズンブルペン投手として活躍し、99年にはメッツで先発なしで8勝0敗と驚異の成績をマーク、2003年にパイレーツでプレーしたのを最後に通算42勝のキャリアを残しますが、その後マイナー、独立リーグで2009年38歳までプレーしました。

 

メジャー42勝、マイナー102勝、日本3勝、独立リーグ37勝とすべてのレベルで通算22シーズン184勝と華麗なるプロ投手人生だったのではないでしょうか?

 

そんな日本にも少しゆかりのあるパット・マホームズ鏡い粒萍を期待したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その140

 

本日もファミリーネタ。

 

古い話が続けば、最近の選手も行きましょう!

 

ということで、大谷選手所属のエンジェルスの看板選手にして、メジャーリーグ最高の選手と評されるこの人。

 

マイク・トラウト外野手の出番です。

 

09年エンジェルスの1巡目指名を受けてプロ入りし、11年には19歳でメジャーデビューし、翌12年から今シーズンまで7年連続オールスター選出、シーズンMVP、オールスターMVPをすでに2度ずつ獲得している最高の現役選手と言っていいでしょう。

 

そんな彼の父親もプロ野球選手でした。

 

 

それが、こちらジェフ・トラウト内野手です。

 

82年にベースボールアメリカ誌が選ぶ大学オールアメリカンの二塁手として活躍すると83年にツインズの5巡目指名を受けてプロ入りしました。デラウェア大学時代には、元阪神のケビン・メンチに破られるまで学校記録の打率を残したとのこと、ちなみにその前にトラウトに迫ったのが、

 

 

元オリックスのクリフ・ブランボーだそうで、日本球界も歴史に生まれた歴史の男をスカウトしてますね。

 

と、、話がそれましたが、ツインズは83年当時全米1位の指名順を持っており、1巡目のベルチャー、2巡目のスウィフトと後にメジャーで活躍する投手を指名したものの契約がまとまらず、トラウトの父は実質3巡目といってもいいプロ入りでした。

 

83年にドラフト後、1Aミッドウエストリーグでプレーすると打率リーグ2位をマーク。

その後も2Aのオーランド・ツインズで3シーズンプレーし86年にも後にメジャーでプレーしたジーン・ラーキン三塁手とリーグ5位タイの打率を残すなど、打力に定評があったものの、4度のひざの手術を経験し三塁手としてプレーしていく中で、トラウト父がドラフトされる前年からチームのレギュラーとして不動の地位を築いたゲイリー・ガイエティ三塁手の壁を感じ、4シーズンでキャリアを終えました。2Aまでのプレーながら通算打率.303は、立派な成績だったと思います。

 

ちなみにトラウト父の壁となった男。

 

 

ゲイリー・ガイエティは、79年のツインズ1巡目指名でプロ入り、初打席初本塁打や1試合2回のトリプルプレーに参加、98年のマグワイアとソーサによる本塁打記録争いが盛り上がった歴史的シーズンに両チームに所属しチームメイトとしてプレーした選手、トレードなし、解雇かFAによる移籍のみで6球団20シーズンプレーしたという珍しい話題に事欠かないだけでなく、オールスター2回、ゴールドグラブ4回、30本塁打超え3回、100打点越え2回と攻守に実力を発揮し、80年代から90年代にかけてメジャーを代表する三塁手のひとりでした。

 

2000年に引退し、メジャーの打撃コーチを務めたり、2012年から昨年まで独立リーグの監督を務めました。

 

そんなトラウト父の壁、ガイエティにも息子さんがおり

 

 

それがジョー・ガイエティ外野手でした。

 

2003年12巡目にロッキーズに指名されてプロ入り、2007年に2Aと3Aで合わせて19本塁打60打点とメジャー目前までの活躍を見せるも、メジャーにはホリディ、ホウプ、タベラスという不動のレギュラーの壁があり、控えには元西武のスピルボーズがいるなど層が厚く、チームもワールドシリーズに出場するなど絶好調のため、昇格のチャンスを逃しました。その後はマイナーを転々とし、2010年に独立リーグのランカスター・バーンストーマーズでのプレーを最後に引退となりました。

 

ランカスターでは元西武のマルハーン、元ロッテのワトソン、元横浜のハーパー、元巨人横浜の西、元オリックスのヤング、コロンカなど日本ゆかりの選手たちもプレーしていました。

 

 

 

2世選手として、父親のキャリア、父親の越えられなかった壁となった選手のキャリア、そしてその2世のキャリア、今のところすべてを凌駕したといえるマイク・トラウト外野手はまだ26歳。この先がどうなるのか楽しみですね。

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その139

 

本日紹介するのは、大家族ネタです。

 

画像は60年代から80年代にかけて20シーズンをメジャーでプレーしたドミニカン、マニー・モタ選手です。

 

オールスター1回、通算打率.304と巧打の選手ですが、100試合以上の出場は8シーズンで、主に対左投手の外野手、また代打としてキャリアを築きました。

2001年にレニー・ハリスに破られるまで代打での通算最多安打のメジャー記録を持っていた仕事人です。

 

そんな彼の息子たちがメジャーを目指してプレーしました。

 

 

まずは65年生まれのホセ・モタ選手。

大谷所属のエンジェルスのレポーターとして現地テレビ局の映像でよく見かけます。

その他、ラテン系向けの野球情報番組のホスト役を務めたこともあります。

 

85年のホワイトソックス2巡目指名ということで父の縁故採用でのプロ入りではない実力を感じますが、91年パドレスで95年ロイヤルズで合わせて19試合しかメジャーでプレーしておらず、通算安打は8本でした。

 

しゃべる仕事が得意なのか、ケビン・コスナー主演のラブ・オブ・ザ・ゲームにも出演するなど、プレー以外の活躍で名をはせています。

 

次に

 

 

66年生まれの弟アンディ・モタ選手が続きます。

 

87年アストロズの12巡目指名と高くない評価ながら兄ホセと同じ91年にアストロズでデビュー。

彼も残念ながら1シーズンだけのメジャーでのプレーでしたが出場は27試合、通算は17安打しています。

 

ストライキの94年限りで引退をしエージェントに転身、ハンリー・ラミレスをはじめとするドミニカ出身選手などをクライアントとして活躍しています。

 

続いては

 

 

69年生まれの弟、ドミンゴ・モタ選手です。

 

90年ドジャースの31巡目指名ということで、メジャー昇格が期待できる指名順位ではなく父の所属チームからのドラフトのため大きな期待は受けていないものの6シーズン、ロイヤルズやレッズの傘下にも移籍し、プレーを続け最高2Aまで昇格しました。

 

更に続いて

 

 

70年生まれのゲイリー・モタ選手です。

 

通称マニー・モタJr.とも呼ばれますが、ドミンゴと同じ90年のドラフトで兄アンディ所属のアストロズから2巡目指名を受けてプロ入りしました。

 

それまでの守備のいいスピードのある内野手というモタ一家の流れを汲まない強打の外野手で、92年にはマイナーながらリーグのMVPに輝く活躍を見せています。

 

結果的に最高位は2Aクラスでしたが、メキシカンリーグや独立リーグでもプレーするなどメジャー昇格を目指すも8シーズンのプレーで終了しました。

 

最後は少し離れた弟

 

 

77年生まれのトニー・モタ外野手です。

 

95年ドジャースの15巡目指名でプロ入り、メジャーまでは到達できなかったものの、3Aまで昇格し、マイナー8シーズン、独立リーグ3シーズンと2005年までプレーしました。

 

突出した成績はないものの、5シーズンもシーズン100安打以上を記録するなど、マイナーではコンスタントに活躍しました。

 

2002年にはカージナルス傘下で、元オリックスのナナリーや田口などとチームメイトとしてプレーしました。

引退後は、ルーキーリーグなどのコーチを務めていました。

 

兄弟選手の多いメジャーリーグですが、マイナーまで幅を広げると知られざる兄弟が現れることもしばしば。

 

大家族ネタの面白いところです。

 

また機会があれば大家族ネタを行います。

 

 

 

 

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ベースボールカードのススメ その138

 

本日紹介するファミリーネタは、

70〜80年代に活躍した名選手で1979年に開催された日米野球で来日したメンバーにスポットを当ててみました。

 

まずは、メジャーで19シーズンプレー。

8年連続を含む10回のオールスター選出で2度のMVP受賞。

74年のナ・リーグMVP。

ゴールドグラブ4回。

6回のシーズン200安打以上を記録。

通算272本塁打1308打点という記録にも記憶にも残る名選手。

ドジャースとパドレスで活躍したスティーブ・ガービー選手です。

 

彼のファミリーは、息子さん

 

 

ライアン・ガービー外野手です。

 

2011年フィリーズのドラフト15巡目指名で契約せず、翌年ロッキーズの33巡目でプロ入り。

ルーキーリーグでは、同期の上位指名選手のデビッド・ダール、エディー・バトラー、マット・カラシティ(現ヤクルト)らと共にプレーし、29試合ながら打率3割をマーク、翌年もルーキーリーグでプレーするも苦戦し、3シーズン目の1Aショートシーズンを最後に21歳の若さでキャリアを終えました。しかし昨年2年のブランクを経て独立リーグで現役復帰しました。

まだ24歳、名選手の遺伝子に期待されるも2年のブランクは大きかったかキャリア最低の成績となり再び引退となりました。

 

独立リーグを除くマイナー通算は124試合で打率.249、12本塁打57打点と成績的にはまずまずながら、同期でメジャーまで到達した選手達との差は大きかったのかもしれないですね。

 

続いての79年来日選手は、、、

 

 

15シーズンメジャーでプレー。

81年首位打者。

88年オールスター選出。

89年にはアスレチックスで世界一を経験。

通算2074安打の安打製造機。

カーニー・ランスフォード三塁手です。

引退後も師匠トニー・ラルーサ監督のもと打撃コーチをアスレチックス、カージナルスで歴任、その後ベイエリアのジャイアンツでもコーチをした後、台湾に渡りコーチを務めラミゴ・モンキーズの台湾シリーズ制覇に貢献しました。

 

彼の弟が、

 

 

79年パドレスの1巡目でプロ入りしたジョー・ランスフォード。

82、83年にメジャーで計25試合のプレー経験がありますが、83年からFAで前述のガービーが移籍してきたため一塁のレギュラーを掴むことができませんでした。

マイナーでは通算9シーズンで138本塁打と30球団ある今ならメジャーで活躍できたかもしれない選手でした。

 

兄カーニーの息子、弟ジョーの甥っ子が

 

 

ジャレッド・ランスフォード投手です。

 

2005年父もプレーしたアスレチックスのドラフト2巡目でプロ入り。

最高位3Aまで到達するも2011年シーズンを最後にアスレチックス傘下を退団。

その後独立リーグで3シーズンプレーしました。

2014年に救援から先発投手に配置換えしたことが功を奏して、2015年に台湾リーグのラミゴと契約最多勝タイの16勝をマーク。

更に2016年は義大ライノスでプレー。2017年はイタリアでプレーし、30歳を迎える今季もプエルトリコのウインターリーグに参加するなど、まだプレーを続けています。

 

そんなジャレッドに兄がいまして

 

 

それが画像右側のジョシュア・ランスフォード内野手です。

 

2003年のレンジャース39巡目指名で契約せず、2006年のカブス6巡目指名を受けてプロ入りしたため、弟が先にプロ野球選手になりましたが、2008年の2Aでのプレーが最高位でした。

 

2009年から投手へ転向し再起を目指し、2010年からは父の古巣アスレチックス傘下、2012年からは弟と同じ独立リーグのロングアイランド・ダックスで3シーズンチームメイトとしてプレーしました。

 

アスレチックスや台湾行きなど、父が在籍したチームとの関係も使いながら何とか続けた2世たちのチャレンジは、選手として本当にプレーをしたいんだという情熱が伝わります。

 

最後は、この人。

 

 

オールスター3回。

打率3割20本塁打越え3回。

左投手に強い、死球王4回

84年タイガース世界一のメンバー。

16シーズンのメジャーキャリアで最初のシーズン以外はすべてレギュラーを務めてきたというタフガイ。

 

チェット・レモン外野手です。

 

長打率5割超えのシーズンが1度あったり、リーグトップの成績を振り返るとレンジファクター、フィールディング・パーセンテージなどいろんな数字で評価がされる現在にその実力が再評価されるような名外野手でした。

 

そんな彼の息子さんが

 

 

2006年レンジャースの4巡目でプロ入りしたマーカス・レモン内野手です。

父がプレーしたタイガースやホワイトソックス傘下のマイナーで最高3Aまで到達するもメジャー昇格がかなわず、昨年独立リーグでプレーしたことを含めてマイナー12シーズンを過ごしました。

 

4球団の傘下のマイナーを経て独立リーグまで行き、バッテリーと一塁以外のポジションをこなすなどのユーティリティぶりは、いつか指導者としてメジャーの舞台に挑戦できるかもしれませんね。

 

本日は唐突な日米野球来日選手の2世たちの今を紹介しました。

 

サラッと紹介する気が長くなりました。

 

 

| ファミリー | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その137

 

お得意のファミリーネタが、ちょっと古いネタが多いのでたまには旬の選手も紹介です。

 

大谷選手と同じ背番号17番でリーグを席巻する注目度を誇る若手スター、クリス・ブライアント選手です。

 

2010年にブルージェイズの18巡目指名を受けるも大学へ進学。

 

大学球界最高の選手となった2013年のドラフトでカブスの1巡目、全体2番目の指名を受けてプロ入りすると2015年には昇格して新人賞を獲得、オールスターにも選ばれる大活躍で、翌2016年には、チームの世界一に貢献し、MVPにも輝いています。

 

今季は頭に死球を受けたり、肩のけがなどで例年より成績が良くないと言われるものの、カブス史上最速の通算100号本塁打もマークするなどオールドファンも評価しやすい成績の数値は決して悪くないので、今シーズンも終わるころにはその存在感が大きくなっているかもしれません。

 

そんなクリスを学生時代からコーチしたのが、、

 

 

父親のマイク・ブライントです。

 

80年のドラフト9巡目でレッドソックスの指名を受けて2シーズンだけマイナーリーグでプレーした外野手でした。

 

通算121試合出場して打率.204、4本塁打25打点と打撃では思うような結果が残せませんでした。

 

試合数から見ると通算の捕殺が9個あるので外野手として強肩だったのかなと想像しますが、プロに早く見切りをつけアマチュアの指導者に転身し、打撃コーチとしてメジャーリーガーを育てたというのは素晴らしいですね。

 

ちなみに、父マイクのドラフト同期、マイナー同期で後に活躍したのが、

 

 

アルコール、薬物などプレー以外に話題を提供しつつも、本人が名づける変化球を駆使して活躍、メジャー10シーズンで通算78勝し、日米野球にも来日したデニス”オイルキャン”ボイド投手。

 

バックドア○○○なんて変化球を聞いたのは彼が初めてだと思います。

 

45歳に独立リーグで現役復帰するなど、定期的に話題にのぼる名選手でした。

 

あまりメジャーの世界で大成した選手は多くなかったボストンの80年ドラフト組でしたが、

 

 

後に近鉄でプレーしたパット・ドットソン選手も在籍。

 

マイナー時代はチーム1の強打者という感じでした。

 

いつか日本でも1軍経験なし、独立リーガーの子供たちが、プロ野球のオールスタークラスで活躍する日がくるかもしれませんね。

 

 

 

 

| ファミリー | 03:02 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その136

本日紹介するのはお得意のファミリーネタ。

 

 

本日の主役はマイナーリーグで左の中継ぎ投手として活躍中の渋い選手。

 

クレイグ・シットン投手です。

 

2009年レッドソックスの17巡目指名を受けプロ入りを見送り、翌2010年にロッキーズの7巡目指名で入団し、マリナーズ、ジャイアンツの傘下のマイナーを渡り歩き3Aまで辿り着きプレーを続ける29歳。

 

昨シーズンまでマイナー通算349試合で先発わずか3試合と典型的なブルペン投手です。

 

一見、左キラーで短いメジャー昇格があるか30歳をメドにキャリアを終えるかという微妙な存在で、恐らく脚光を浴びることのない投手かもしれません。

 

しかし、この名前でピンと来たらかなりのアメリカ4大スポーツマニアでしょう。

 

彼のいとこが別のスポーツで活躍してました。

 

そう、あのチャーリー・シットン選手です!

 

え、誰?

 

あ、こちらです。

 

 

84年ドラフト2巡目でダラス・マーベリックス入りしたオレゴン州立大出身のスモールフォワード。

 

そうNBAでプレーしたプロバスケ選手です。

 

ちなみに84−85シーズンのたった1シーズンだけプレー、43試合で39点をマークしたという超渋な選手。

 

互いに渋い家族ネタなんでこれ以上の情報が少ないですが、

 

実は野球選手に戻っていとこのクレイグは、今シーズン米独立リーグのアトランティック・リーグでプレーしてます。

 

下手なマイナーより、レベルが高く、シーズン中の緊急補強などで毎年数十人単位で海外リーグやメジャー傘下のマイナーと契約をするチャンスが転がっているリーグと言われています。

 

で、クレイグが今季所属するのがシュガーランド・スキーターズで、実はロッテ、阪神、DeNAでプレーした我が故郷奈良県出身のプロ野球選手、久保康友投手がつい先日契約し、登板したチームなんです。

 

ちなみに、チームメイトには元MLBオールスターのデレック・ノリス捕手、西武でプレーしたポウリーノ投手やオリックスでプレーしたランズラー投手、メジャー、韓国で活躍したミッチ・タルボット投手など豪華な顔ぶれ。

 

さらに祖父ジョー、父ジョーJr.

 

 

もメジャーのマウンドに上がり、2015年のプレミア12でアメリカ代表にもなった

親子3代メジャーリーグの投手という

 

 

ケイシー・コールマン投手も所属しています。

 

そして、そんな個性的な選手を指揮する監督が、、

 

 

元ロッテのピート・インカビリア氏という豪華メンバー。

 

父も兄もマイナーリーガーだったインカビリア氏ですが、兄トニーの息子トーマスはアメリカン・アソシエイションという独立リーグで2009年、2010年とプレー。

 

 

2シーズン35試合で通算打率.209、0本塁打、9打点と叔父譲りのパワフルな打撃はありませんでしたが、実はこの時チームの監督だったのが叔父であるピート・インカビリア氏だったという納得の起用理由。

 

ちなみにこの頃同じチームに日本ハムから今季メジャー復帰を果たした

 

 

クリス・マーチン投手もプレーしてました。

 

更には、今季ノーヒッターを記録したジェイムズ・パクソン投手もプレー。

 

独立リーグから化ける選手が現れることもしっかりわかる歴史ですね。

 

 

 

渋い別スポーツファミリーから渋い3世代ファミリーで、最後は得意の助っ人ネタでしめる。

 

マニアックファミリー紹介でした。

 

 

| ファミリー | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その135

 

本日紹介するのはちょっとマニアックなファミリーネタ。

 

画像の選手は、クリス・ロバーソン外野手。

 

01年フィリーズの9巡目指名を受けてプロ入り。

 

06年にデビューし、2シーズンで計85試合出場、通算打率.232、0本塁打2打点5盗塁とあまりパッとした結果を残さず、27歳にしてメジャーの世界から消えてます。

 

しかし、今年38歳、8月には39歳になりますが、まだ現役なんです。

 

マイナーでの成績は、打率3割近くながら本塁打はメジャー昇格前の06年の15本がキャリアハイ。

 

彼の転機は2010年に移籍したメキシカンリーグでのプレーでした。

元々オフの間の修行でメキシコのウィンターリーグでプレーしていたことでメキシコの野球に見事にフィット。

 

夏はモンテレーで100試合程度、冬はメキシカリで60試合程度とコンスタントにプレー。

2012年のみアメリカに戻ってますが、2010年から2017年まで打率はすべて3割オーバー、2014年には打率.384という驚異の活躍でメキシカンリーグの顔という存在になりました。

 

また2014年はカリビアンシリーズに進出したメキシコチームでシリーズ制覇に貢献し、MVPも受賞とカリブの冬では知られた存在になっています。モンテレーでは、元オリックスのカリム・ガルシアや今季から中日でプレーしている

 

 

ゾイロ・アルモンテ選手とチームメイトとしてプレー。

 

ウィンターリーグでは、元オリックスのユニエスキ・ベタンコートやまたも今季から中日でプレーする

 

 

オネルキ・ガルシア投手らと共にプレー。

 

アメリカ人選手としては、7年ぶりというカリビアンリーグMVP、オールスターの常連ともなり、

メキシコ野球にフィットし私生活ではメキシコ人女性と結婚するなどメキシコを安住の地とすると、2017年にはWBCのメキシコ代表に選出され

チームは1次リーグで敗れたものの5打数2安打3打点とバリバリのメジャーリーガーやプロスペクト、日本で活躍する選手に負けない活躍で

地元ファンにもメキシコでの強さを見せつけてくれました。

 

さて、本人の紹介が長くなりましたが、ファミリーネタのほうです。

 

彼の父親がこのかた

 

 

69年のNBAドラフトでレイカーズの1巡目全体15番指名でプロ入り。

 

リック・ロバーソン選手です。

 

殿堂入りのウィルト・チェンバレン、ジェリー・ウエスト、エルジン・ベイラーらとプレーした実績を持ち、キャバリアーズ、ブレイザーズ、ジャズ、キングスなど計7シーズンNBAでプレーしたバスケット選手でした。

 

突出した成績だけでなくとも、いろんなつながりを持つロバーソン選手。

 

一見、キャリアの数字だけではわからない個性も見つけるきっかけになる。

 

ベースボールカードの楽しみのひとつのファミリーネタでした。

 

 

 

 

 

 

 

| ファミリー | 17:05 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
ベースボールカードのススメ その134

 

久し振りのファミリーネタは懐かしい助っ人選手の家族から

 

画像は、80年代後半から90年代前半に大洋や阪神で活躍したジム・パチョレック外野手です。

 

メジャーではブリュワーズで1シーズンだけのプレーに終わるものの、後に来日し阪神でプレーするディアーの控えとして活躍。

 

 

日本ではリーグ最多安打3回、首位打者1回の安打製造機として、また真面目でチャンスに強い堅実な選手としてパッキーの愛称で歴史に残る助っ人として認識されている名選手でした。

 

以前にも紹介しましたが、彼には兄がいまして

 

 

70年代から実に18シーズンメジャーで活躍したトム・パチョレック選手です。

 

通算打率.282、86本塁打503打点と渋い成績のキャリアで81年のマリナーズ時代には打率.326と活躍してオールスターにも選出されています。引退後もテレビの解説者として活躍。パチョレック家で最も有名な存在といえます。

 

実は、トムの上にもまだ兄がいまして

 

 

それが63年に1試合だけメジャーでプレーしたジョン・パチョレック選手です。

 

当時はヒューストン・コルト 45’sというチーム名でしたが、シーズン最後の1試合に出場して5打席で3安打2四球を記録する活躍を見せました。その後は腰を痛めプレーできず、マイナーで再起を目指すもメジャー復帰ならず引退。

 

通算打率10割という記録をメジャーで残したことになります。

 

またトムとジムの間にも5シーズンマイナーでプレーしたマイク・パチョレックという兄もいたとのこと。

 

懐かしい助っ人の兄弟の息子たちが更に後年メジャーリーガーを目指しました。

 

まずは長男ジョンの息子ピート・パチョレックは94年パドレスの16巡目指名を受けてプロ入り。

パドレスやドジャースの傘下で2Aまで昇格するも最後は独立リーグでプレーし2003年に引退後、大学のコーチに就任。

 

ピートの弟マック・パチョレック内野手が1歳下にいましたが98年にタイガースのドラフトにかかり、契約せず大学でプレー、その後独立リーグで5シーズンプレーしました。

 

 

そして次男トムの息子、トム・パチョレックJr.は98年に父も一時プレーしたメッツの43巡目でプロ入り。

 

ルーキーリーグのキングスポート、1Aショートシーズンのピッツフィールドと2チームでプレーするも成績は奮わず1シーズンでプロの世界を去りました。

 

 

トリはこの人でしょう

 

 

日本では一番有名なパチョレック、ジムの息子ジョーイもまたプロの世界へ。

 

2007年ジムも所属したブリュワーズの15巡目指名を受けてプロ入りしました。

 

画像の通り捕手ですが、サードや外野も守りユーティリティーな存在で2013年に3Aナッシュビルまで昇格したのが最高位となりますが、主に活躍できたのは2Aまでで、2015年独立リーグでのプレーを最後に引退。

 

通算の打撃成績も特筆すべきところはありませんでした。

 

ちなみに画像のカードはブリュワーズ傘下の2Aで2014年プレーしたものですが、当時のチームメイトは多数メジャーに昇格しており、なかでも。。。。。

 

 

昨年阪神でプレーしたロジャース選手。

 

 

今年巨人でプレーするヤングマン投手も一緒にプレーした仲でした。

 

結局9シーズンとジムの息子が最も長くプロでプレーし、最もメジャーに近づいたものの、パチョレック一家の第2世代はマイナーリーガーとしてキャリアを終えました。

 

長年野球ファンでいるとこういう2世、3世の登場が楽しみになってきます。

 

中にはドラフトの指名人数が多いので、コネや想い出づくり的ドラフトもありますが、そんな下位指名からも化ける逸材が現れるかもしれない楽しみもあります。日本でも育成枠の登場で昔より2世代目の選手が増えてきた気がします。

 

本当に毎年のように数件は挙がる家族ネタ。今年もアリアス、ドリスキルといった日本でプレーした助っ人の2世が指名されたとのこと。またそんな選手たちのベースボールカードが出てくるかも楽しみです。

 

 

 

 

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