二刀流 その8

 

本日紹介するのは、野球とフットボールの二刀流です。

 

画像は、D・J・ドージャー外野手です。

 

83年にデトロイト・タイガースのドラフト18巡目を受けましたが、契約せず大学に進学し、フットボールをプレー。

 

 

87年ミネソタ・バイキングスのドラフト1巡目指名を受けてフットボール選手としてプロキャリアを始めます。

 

87年〜92年バイキングスとデトロイト・ライオンズで計5シーズンプレー。

 

ランニングバックとして通算691ヤードを稼ぎ、NFLでもしっかり活躍。

 

90年にアマチュアFAとしてメッツと外野手として契約。

 

83年のジョン・エルウェイ、86年のボー・ジャクソン、89年のディオン・サンダースとNFLのドラフト1巡目を受けながら野球に挑戦したキャリアで注目を集めます。

 

90年のマイナーでは1A+と2A合わせてシーズン15本塁打80打点36盗塁をマークし、ベースボールアメリカ誌が選ぶトッププロスペクト100の44位に選ばれ翌92年同99位にランクされるとついに5月に26歳でメジャーデビュー。

 

 

しかし、外野転向が本格化したハワード・ジョンソン、FA加入のボビー・ボニーヤ、前年7年連続盗塁王としてFA加入したビンス・コールマンというオールスターメンバーに割って入ることができず、25試合で打率.191、0本塁打2打点4盗塁と実力を発揮できず、

オフには後に西武でプレーすることになるトニー・フェルナンデス内野手とのトレードでパドレスに移籍しました。

 

結局93年にパドレスとカージナルスの3Aで1年プレーするも満足な活躍はできず、メジャーに戻ることなくキャリアを終えました。

 

カージナルスの3Aルイビルでは、同じ二刀流のブライアン・ジョーダン外野手とすれ違うように所属。

 

ボー・ジャクソンの成功から二刀流が最も盛んだった時期の知る人ぞ知る選手の紹介でした。

 

 

| 二刀流 | 18:32 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その7

 

本日紹介の二刀流は、二刀流史上最も野球で成功した選手といっていいでしょう。

 

カージナルス、ブレーブス、ドジャース、レンジャーズなどで15シーズンもMLBで活躍したブライン・ジョーダン外野手です。

 

この名前でこの画像を見ると、バスケとの二刀流かと思いきや。。。

 

 

89年〜91年まで3シーズン、アトランタ・ファルコンズのセーフティーとして活躍しました。

 

85年にはインディアンズのドラフト20巡目で指名されるもプロ入りせず、88年にカージナルスの1巡目指名でプロ入り。

92年にMLBでデビューし、15シーズンもプレーし続けました。

 

マイナーリーガーの間にNFLでプレーしました。

アトランタ・ファルコンズということで、二刀流史上フットボールで最も成功したといっていいディオン・サンダースとNFLでチームメイトだったという縁があります。

 

フットボールでは3シーズン、タッチダウンなしとはいえ、最後の2シーズンはシーズン15試合の先発出場でロースターにいるだけという選手ではなかったところも野球に専念しなくても何シーズンかはプレーできただろうという存在でした。

 

野球は、20本塁打以上のシーズン4回、20盗塁以上のシーズン2回、100打点以上のシーズン2回、打率3割以上のシーズン3回、通算打率.282とバランスのいいプレーを見せるとともに125試合以上出場が7シーズンとケガの少ない選手として活躍しました。

 

99年にはオールスターにも出場。ワールドシリーズ制覇はないものの、カージナルス、ブレーブスなどで5シーズン、38試合に出場したプレイオフでも通算6本塁打27打点と勝負強さを持った名選手でした。

 

フットボール、野球の両方でアトランタに在籍したことからホームランの後にファルコンズのタッチダウンセレブレーションのダーティーバードダンスをしながらホームインするといった魅せる技も持った一面もあり、出身はオリオールズのあるメリーランド州ながら第2の故郷ともいえるジョージア州アトランタでテレビ解説の仕事など今も人気の元メジャーリーガーです。

 

いよいよフットボールシーズンも始まったということで、MLBとNFLの二刀流紹介でした。

 

 

 

| 二刀流 | 17:39 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その6

 

久し振りの二刀流紹介は、この人から行きましょう。

 

85年ドラフト14巡目で投手としてオリオールズから指名された

デル・カリー選手です。

 

画像は自分所有の野球カードではありませんが、91年マイナーリーグ、テキサス・レンジャースの1A、ガストニア・レンジャーズのものです。

 

といっても実はカリー投手は、このチームで1試合登板しただけがプロ野球選手としてのキャリアのすべてです。

前置きが長くなりましたが、彼の本業は、バスケットボール。

 

 

シャーロット・ホーネッツを中心に16シーズンもNBAでプレーした名選手でした。

 

最近のファンにもわかりやすく説明するには、、、

 

 

現在NBAで人気実力ともナンバー1のウォリアーズのポイントガード

 

ステフィン・カリー。

 

 

マーベリックスのポイントガード、セス・カリーという兄弟の父親として有名かと思います。

 

この頃のホーネッツのオーナーが、ガストニア・レンジャースのオーナーでもあったことで1試合の出場が実現しました。

 

そしてその頃チームメイトだったマグジーことタイロン・ボッグス選手も

 

 

セカンドとして。。。

 

 

2打数2三振の成績に終わりました。

 

さて、そんな1日限りの二刀流があったNBAホーネッツにホントの二刀流がいました。

 

それが、、

 

 

この人、スコット・バレル選手です。

 

93年ドラフト1巡目でホーネッツの指名を受けて入団、コネチカット大のスター選手として活躍し、98年にはブルズでファイナルを制した経験もあり、キャリアの後半は、中国、フィリピン、スペインのリーグと海外を渡り歩き2005年にはBリーグのサンロッカーズ渋谷の前身、日立サンロッカーズでもプレーしたというキャリアを誇る日本にもゆかりのあるバスケットボール選手です。

 

バレル選手は、89年にシアトル・マリナーズから投手として1巡目指名を受けたことで、2つのスポーツから1巡目指名を受けたアスリートとして知られています。89年は奨学金を受けコネチカット大でバスケをするために入団を断るも翌年にブルージェイズがダメ元なのか5巡目で指名すると、バスケのオフシーズンに野球でプレーすることになります。

 

 

こうして2シーズン先発投手として7試合ずつ計14試合に登板し、2勝6敗という成績に終わり、プロバスケの指名によりバスケに専念することになりました。しかし、2シーズン目は33イニングで36奪三振、防御率1.91と野球を続けていたらと思われる成績でした。

 

ブルージェイズの1Aでは、後の主砲デルガード、阪神でプレーしたバトル、西武でプレーしたカラーラらとプレー。

 

 

 

今回はキャリアの短いバスケと野球の二刀流の紹介で、物足りないと思ったかたもいたかもしれないので、

 

 

 

 

 

 

ちょっとバレル選手からネタを広げますと、

 

 

 

 

 

 

 

90年の同じく2巡目にブルージェイズが指名し、バレル投手ともチームメイトになった二刀流選手がもうひとりいました。

 

 

クリス・ウェインキ内野手です。

 

ジュニアのアメリカ代表にもなっており、高校時代は野球だけでなくアメフトでも州一番のクォーターバックとしていろんな大学から奨学金の誘いがあり、ホッケーでキャプテンも務めたというこちらも天才型アスリートです。

91年にバレルと同じ1Aで三塁手としてプレー。

 

93年、94年にはマイナーでリーグの打点王に輝くなど順調にレベルを上げていき3Aまで到達しました。

メジャーリーグ最長のストライキ明けの95年シーズンにマイナーで調子を落とすと96年を最後に野球を諦め、大学に戻ってフットボールを再開しました。

 

その後は、まさかの大活躍で2000年には28歳と史上最年長で大学フットボールの年間最優秀賞ハイズマントロフィーを受賞し、01年にはカロライナ・パンサーズから4巡目で指名を受けてNFL入りを果たします。

 

 

大学時代の輝かしいキャリアで1年目から先発クォーターバックの職を掴むも1勝14敗、しかも14連敗という記録で2年目以降は控え選手となり、フットボールのキャリアは5年で幕を閉じました。

 

マイナーながら野球でタイトルを獲ったり、NFLでもルーキーでラッシングタッチダウン数が歴代4位だったり、1試合のパス成功数のチーム記録を持ったりと非凡な才能は見せてくれたウェインキ。

 

現在はフットボールで、NFLや大学のコーチをシーズンごとで務めています。

ポジションは違えどボー・ジャクソンと同じハイズマントロフィー受賞者の二刀流としては、かなりの実力者であり、プロ野球最後のシーズンも2Aと3A合わせて18本塁打73打点ともう少し続けてほしかった知られざる名選手だと思います。

 

ということで今回の二刀流ネタはここまで。

 

さらっと紹介のつもりが思わぬボリュームになりましたね。

 

 

 

| 二刀流 | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その5

久し振りの二刀流紹介の話。

 

今回はアメリカ球界では、歴史上多いアメフトと野球の二刀流です。

 

フットボール界の歴史に残る選手が、実は野球も才能があったというエピソードです。

 

 

まずは、殿堂入りを果たしたデンバー・ブロンコスのクォーターバック、ジョン・エルウェイ選手。

 

アメフトでのキャリアは、80年代から90年代にデンバーで活躍して9回のプロボウル出場を果たし、スーパーボウルのMVPでキャリアを終えるという劇的なキャリアで、背番号7はブロンコスの永久欠番となるいわゆるレジェンドです。

 

名門スタンフォード大学でフットボールだけでなく野球もプレーしたエルウェイは、日米大学野球でもチームの主砲として来日。

 

高校時代からどちらの競技でもその実力を高く評価されており、79年にはロイヤルズが18巡目で指名したものの、父がコーチをしていたスタンフォード大に進みました。ちなみにロイヤルズは、二刀流最高の選手の呼び声高いボー・ジャクソンがプレーしたチームで、更にエルウェイを指名した同じ年のドラフトで4巡目で後に同じリーグを代表するクォーターバックとなり、フットボールの殿堂入りを果たしたマイアミ・ドルフィンズのレジェンド。

 

 

ダン・マリーノ選手を指名。

彼もピッツバーグの高校時代は23勝0敗を記録した投手でシーズン5割の打率を誇る打者という野球も二刀流の選手でしたが、大学でアメフトを選択しました。クォーターバックの投手というのは、興味深いですね。

 

さて、マリーノは野球を続けなかったものの、エルウェイについては大学でも活躍したこともあり、今度は81年にヤンキースの2巡目で指名を受けます。このヤンキースも前述のジャクソンと双璧に立つ二刀流選手ディオン・サンダースが最初にプレーしたチームです。

 

大学でフットボールを続けながら、マイナーで野球のキャリアを始めたエルウェイは82年にオネオンタ・ヤンキースで外野手として42試合出場し、打率.318、4本塁打25打点13盗塁とプロの世界でも上々の成績をマーク、何よりもこの試合数で外野手として8の捕殺をマークしているところが、名クォーターバックらしさを表してますね。この時チームメイトには西武やマーリンズで活躍したデストラーデ選手がいましたが、打点以外はエルウェイのほうが成績が勝っていたことからその実力の高さがうかがいしれます。

 

さて、エルウェイは83年のNFLドラフトで全米1位でコルツに指名されるも弱小チームでのプレーをするなら野球を選ぶという交渉術も使い、コルツでプレーすることなくブロンコスにトレードで入団し、フットボールに専念することになりました。

 

98年デンバーで行われたMLBオールスターゲーム前夜祭のセレブバッティングプラクティスで快打を見せ話題にもなりました。

 

 

彼以降、スタンフォード大学でアメフトと野球でプレーし、実力が突出した選手が出るたびに話題になりますが、他にもマイナーとNFLでプレーした選手がいます。

 

一番近いところでは、12年にパイレーツの24巡目指名でプロ入りし、ショートシーズン1Aのステイト・カレッジ・スパイクスで外野手としてプレーしたのが、、

 

 

タイラー・ギャフニー選手です。

 

打率.297、本塁打なし10打点11盗塁で、死球を20ももらうという、俊足打者として出塁から得点につなげるプレースタイルながら1シーズンで野球をあきらめ、

 

 

14年にはパンサーズの6巡目指名でランニングバックとしてNFL入り、パンサーズのロスターには残れなかったものの、ペイトリオッツにウェーバ加入し、早くもスーパーボウル2度制覇のメンバーになれたことを考えるとフットボール専念は正解だったかもしれませんね。

 

最後に紹介するのは、野球の歴史にも少し残るNFLの大物、スタンフォード出身。

 

 

ジョン・リンチ投手です。

 

フロリダ・マーリンズが誕生する93年に向けた最初の92年のドラフトで2巡目に指名されプロ入り。

大学では3年で20イニング24奪三振20四死球18失点1勝2敗とそれほど突出した感じでもなく、投手以外の日の打者としての成績は打率.244、6本塁打29打点という平凡なものでした。

 

ともあれ、マーリンズ最初のマイナーチーム、エリー・セイラーズの開幕投手となり記念すべきマーリンズの組織のスタートを飾るという野球界に名を残しました。ちなみに92年のドラフトと言えば、全体1位がフィル・ネビン、マーリンズの1巡目はチーム史上初のワールドシリーズ制覇時の正捕手チャールズ・ジョンソン、そしてヤンキースの1巡目はデレク・ジーターと同期選手もなかなかの顔ぶれ。マイナー時代にはジョンソンはもちろん、初制覇決勝打を放ったコロンビア出身のレンテリア、後に監督となったレドモンド、後に近鉄に入団したカラスコなどと共に汗を流しました。

 

92,93シーズンをマイナーで過ごし、9試合1勝3敗、防御率2.35という成績を残して、93年に3巡目で指名されたバッカニアーズにセーフティーとして入団し、野球のキャリアを終えました。

 

 

チームリーダーとしてリスペクトを集める振る舞い、プロボウルに9回も選ばれるリーグを代表する選手として活躍。03年にはバッカニアーズでスーパーボウルも制してます。

 

キャリア晩年にはブロンコスに移籍し、2回目のスーパーボウル出場も果たし、15年のキャリアで主力としてプレーしました。

 

引退後はブロードキャスター、そして今年からはサンフランシスコ49ersのGMとしてのキャリアをスタートさせたところです。

 

野球は外野手か投手、フットボールはクォーターバック、ランニングバックが多い印象ですがいろんなポジションの選手が二刀流をしているのも興味深いですね。

 

まだまだこのネタありますので、各スポーツのポジションにも注目してみて下さい。

 

ではまた!

 

 

 

| 二刀流 | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その4

二刀流紹介の4回目は、、

 

投手と打者、野球とアメフト、野球とバスケという流れが来ると。。

 

次は4大スポーツ、野球とホッケーと行きましょう。

 

 

昨年アイスホッケーの殿堂入りを果たしたカナダ出身の90年代を代表するスーパースター。

 

エリック・リンドロス選手です。

 

NHLオールスター7回、世界選手権ジュニアチャンピオン、オリンピック金メダル、ホッケー界の歴史に残る選手は、高校時代強打の三塁手として野球もプレー、育ったのがトロントと言うことでブルージェイズがトライアウトの機会を与えたという野球選手でもありました。

 

結局は、91年のドラフト1巡目でNHLからドラフトされました。

 

 

ブルージェイズで打撃練習に参加した姿が、野球カードになるなど、

ボーー・ジャクソン、ディオン・サンダースに続くかと言われた逸材ながら、殿堂入りからも分かるようにホッケー選手としての実力が抜きんでており、幻の野球キャリアとなりました。

 

 

結局野球MLBとホッケーNHLの両立というのは、今のところありませんが、

 

ニュージャージー・デビルズで活躍したケン・ダネイコ選手は、2003年に独立リーグのニューアーク・ベアーズでDHとして出場したプロ野球選手です。惜しくも雨で1打席のみの出場となりました。当時の監督はロッテでもプレーしたビル・マドロックさん。

 

独立リーグだけにイベントのような感覚もありますが、二つのプロスポーツでプレーしたれっきとした記録です。

 

さて、メジャーリーガーにもアマ時代にホッケーで活躍した選手がいます。

 

代表格は2014年に殿堂入りを果たし、ブレーブスで大活躍したトム・グラビン投手は、84年にNHLロサンゼルス・キングスから4巡目でドラフトされるというプロ級の腕前を持っていた。

 

というのは有名な話ですが、、

 

他にもNHLからドラフトされたメジャーリーガーがいます。

 

 

近年では2009年、2011年にドジャースでプレーしたジェイミー・ホフマン外野手。

通算16試合4安打1本塁打という成績しか残せませんでしたが、野球のキャリアだけでは注目される選手になれなかったかもしれませんね。

 

その他では、

 

 

1986年にブルージェイズから27巡目ドラフトを受け野球界に入ったトム・クィンラン三塁手です。

 

寒冷地ミネソタ州出身のクィンランは、なんとNHLのカルガリー・フレイムズから同じ86年に野球より高評価の4巡目指名を受けていました。

 

90年、92年をブルージェイズで94年フィリーズ、96年は地元ツインズでと2年に1回メジャーに上がるという定着を果たせず、42試合出場で通算9安打1本塁打と言う寂しい成績ながら、当時アストロズのエースだった元サイヤング賞のエース、ダグ・ドレイベックから本塁打を打ったり、92年のブルージェイズではわずかな出場機会ながらチームがワールドシリーズを制したためチャンピオンリングを所持していること。そして、キャリアハイライトとしては、2000年に韓国プロ野球のヒュンダイ・ユニコーンズでプレーし、外国人史上初のコリアンシリーズMVPに輝いたという野球選手なんです。

 

ちなみに、、

 

 

2003年〜エンジェルスでプレーしたロブ・クィンラン内野手は、トムの弟というファミリーネタも持ちます。

兄よりキャリアのスタッツがいいロブですが、チームがワールドシリーズを制した翌年のデビューということでチャンピオンリングを兄弟で保持することはできずでした。

 

その他、メジャーでも活躍した。といえる元ホッケー選手といえば

 

 

90年代エンジェルスやホワイトソックスで活躍したカーク・マカースキル投手です。

 

カナダ生まれで父親のテッドがNHLでプレーしたということもあり、アメリカ育ちながらアマ時代はホッケーで全米代表に選ばれ81年のドラフト4巡目でウィニペグ・ジェッツから指名され1シーズン下部組織でもプレー経験があります。

 

翌82年にエンジェルスから2巡目指名を受けて野球に専念します。

 

なんとこのマカースキル選手を野球界に引っ張り上げたのが、いま最もメジャーリーグで人心掌握に長けていると知られる名将、、、

 

 

ジョー・マッドン監督がスカウトだったというホットな話題を持ってます。

 

90年には史上唯一の親子アベックアーチを記録したケン・グリフィー&ジュニアに本塁打を献上した投手として、91年にはシーズン19敗を喫したというありがたくない記録が残る一方で、カナダ出身投手としては歴代3位のメジャー通算106勝をマークする名投手としても知られており、2003年にはブルージェイズの主砲ジョー・カーターと映画化されたことでも有名になった日系チーム、バンクーバー朝日軍とともにカナダの野球殿堂入りを果たしたという輝かしいキャリアも誇っていました。

 

最後は番外編

 

 

マカースキルとチームメイトでもあったこの選手。

 

プロのキャリアがあるわけではありませんが、アイスホッケーのゴーリーを経験したことから、ピッチャー返しをさばかせたらメジャー1と話題になったジャック・ラゾーコ投手です。

 

 

話題になった映像がYouTubeでもあります。 →コチラ

 

 

野球とホッケーの二刀流の話題でした。

 

次回をお楽しみに。

 

 

| 二刀流 | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その3

久し振りの二刀流紹介。

 

フットボール界とのつながりに続いて今回はバスケットボールです。

 

以前紹介したこともありますが、有名どころでいうと

 

 

ブルージェイズ、レイズ、マーリンズやオリオールズ、ドジャースなどで活躍した長身投手マーク・ヘンドリクソンです。

92年から実に6度のドラフトにかかるという期待の投手でメジャーリーグで10年プレーし、通算58勝で先発として2度二ケタ勝利も経験。ブルージェイズの歴史上初の投手として本塁打を打ったという記録も残した名選手でした。

 

 

 

フィラデルフィア・76ersに入団したヘンドリクソンは、96年〜2000年の間の4シーズンNBAで計4チームに所属し114試合に出場したキャリアを持ちマイナーリーガー時代にバスケで活躍していたということになります。メジャー昇格時は野球に専念していたことになりますが、二刀流といってもいいんじゃないでしょうか。

 

続いての有名どころは、この人でしょう。

 

 

バスケットの神様。マイケル・ジョーダン選手です。

 

説明するまでもないバスケ界の歴史上最高の選手も父親の死をうけて父の夢だった野球選手への道へと進みます。

 

 

ホワイト・ソックスの2Aバーミングハム・バロンズでプレー。

 

通称:ジョーダン・クルーザーと呼ばれるマイナーでは考えられない豪華なチームバスを寄贈するなど、金持ちの趣味かとも見られましたが、31歳にしての挑戦は遊びでなく真剣そのもの。客寄せとの目もありましたが、チーム最多タイの127試合に出場し、打率こそ.202の低調ながら30盗塁をマークし、3本塁打を放ちました。ちなみに当時の監督は16年にインディアンズをワールドシリーズに導いたテリー・フランコーナ監督でした。

 

 

当時のチームメイトには、のちに西武でプレーしたブライアン・ギブンスも所属してました。

 

ジョーダンの挑戦はシーズン途中の野球界最長のストライキもあって1シーズンで終わりましたが、彼とともにプレーした選手は、ハードワークと身体能力の高さを称賛し、18歳からプレーしていれば数年でメジャーに昇格したのではないかというものもいました。

 

 

さて続いてジョーダンとも対戦したことのあるバスケット界の名選手。

 

 

ダニーエインジ選手です。

 

セルティックス時代に2度のチャンピオンに輝きリーグを代表する選手として活躍。

個人的には、晩年のサンズでの渋い活躍が記憶に残る名選手にしてコーチとしてもその手腕を発揮したイメージ。

 

全盛期は鼻っ柱の強さからアウェーで常にブーイングをもらい、乱闘騒ぎや罰金のペナルティを受けるなど並みならぬ闘争心で悪童としても活躍した選手でした。

 

そのエインジ選手は高校時代はバスケのほかフットボールに野球と活躍、77年にブルージェイズからドラフトされています。

 

ブリガムヤング大でバスケをプレーしながら大リーガーになるという異色のキャリア。

 

 

79年のメジャー昇格から81年まで3シーズンプレー。

内外野を守り、通算打率.220、2本塁打37打点12盗塁とまだまだこれからという22歳のシーズンで、大学バスケのスターとしてドラフト指名したセルティックスが、ブルージェイズから契約を買い取る形でNBA入りしました。

 

もし、野球に専念していたらNBAでのキャリアやヘッドコーチ、はたまたセルティックスの古豪復活を支えたチームのエグゼクティブのポジションという功績がなかったかもしれないと思うと歴史を変えるブルージェイズからセルティックスへの契約だったのだなと思わせてくれます。

 

ちなみにスポーツ万能のエインジの血を引いた甥っ子エリック・エインジは、、、

 

 

NFLのニューヨーク・ジェッツに2008年5巡目指名を受け、プロ入りしています。

惜しくもケガや薬物問題もあり、まともにプレーすることなく引退してます。

 

最後は、最近話題になったこの選手。

 

 

16年間のNBAキャリアで7度のオールスターと2度の得点王に輝いたスター選手。

トレイシー・マグレディー選手です。

 

 

2014年に独立リーグのシュガーランド・スキーターズで、高校時代以来の野球のキャリアに転身。

先発投手として、たった4試合で6回3分の2で2敗。

本塁打1本を含む4安打5失点で10個の四球を与えてキャリアをあっさり諦めました。

 

このチームは元広島のベン・コズロースキーやニック・スタビノーハ、巨人でプレーしたラスティー・ライアルなどもチームメイトとして所属してました。

 

本気でメジャーを目指したとは思えませんが、こういった独立リーグででも、話題作りの客寄せと言われてもプロとして野球と他のスポーツをプレーするという二刀流キャリアは面白いですね。

 

マイナーリーグでメジャーを目指しつつ、他のスポーツを選んで大成したという二刀流など、また紹介したいと思います。

 

 

 

| 二刀流 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その2

 

2回目の二刀流紹介は、この選手。

ジョシュ・ブーティー選手です。

 

94年に全米5位でフロリダ・マーリンズの指名を受けてプロ入りした内野手です。

 

高校フットボール史上初となる10000ヤードを投げるクォーターバックとして、NFL史上に残るクォーターバック、ペイトン・マニングとも比較される才能を持った傍ら毎年州代表のショートとして選ばれ、93年にはワールド・ジュニア・チャンピオンシップのアメリカ代表のセカンドとして銀メダル獲得に貢献した万能選手でした。

 

当時全米の大学からフットボールの誘いを受けるも当時最高額の契約ボーナスを記録しマーリンズ入りを選びました。

 

96年に1Aで20本塁打を放つと9月に早くもメジャーデビュー。

シーズン終盤の話題性や若手の経験のための昇格とはいえ97年も2Aで20本塁打をマークし、また9月に昇格。

翌98年は、世界一の後のチーム解体を受けて開幕メジャーで迎えるもひと月持たずで降格。

その後も2A、3Aでプレーするも打率が2割に届かない状態で、早くも野球のキャリアをあきらめます。

3シーズンでわずか13試合、通算7安打という結果に終わりました。

 

この時22歳、第2の人生に注目が集まる中、ブーティーは99年からルイジアナ州立大でフットボールをプレーするようになります。

ここでクォーターバックとしてブランクを感じさせないプレーを2年続けたブーティーは、01年のNFLドラフトでシアトル・シーホークスから6巡目指名を受けてNFLの選手になります。

 

 

しかし、キャンプでロースター入りできずで、01〜03年にクリーブランド・ブラウンズの控えクォーターバックとして過ごします。07年レイダースのキャンプに呼ばれるもロースターに入らず、NFLのキャリアも終了します。満足いくキャリアではなかったものの、二刀流としては異色のキャリアですね。

 

ちなみに彼の弟、ジョン・デビッド・ブーティーは南カリフォルニア大のクォーターバックとして大活躍し、08年にミネソタ・バイキングスから指名をされNFLでプレーしました。

 

 

二刀流だけでなくファミリーネタも持っているブーティー選手は、NFLのキャリアを終えるとフットボールのコメンテーターとしてTVラジオの世界で活躍。

 

そんな中、TVのリアリテイショーブームに沸いた13年にMLBネットワークが企画したネクスト・ナックルボーラーというオーディション番組に参加することになります。番組のホストはケビン・ミラーとティム・ウェイクフィールドという面々。

 

ジョシュは、弟のジョン・デビッドやチャージャーズで活躍したダグ・フルーティー他、NFLでプレーしたほか2名のクォーターバックらとしのぎを削り、見事に勝ち抜き、アリゾナ・ダイヤモンドバックスのスプリングトレーニングに参加する権利を得ました。

こうして異例の野球界への復帰を果たしました。一度目の引退後マーリンズで離脱リスト扱いだったため、15年たってようやく解雇されてからダイヤモンドバックスと招待選手契約をするという珍事も話題になりましたが、残念ながらメジャー契約はできず、マイナー契約も結ぶことなく、2度目の野球引退となりました。

 

キャリアの数字だけ見ると、それほど目立つ選手には見えませんが、二刀流のキャリアやプロ選手の兄弟がいたり、15年のブランクの後投手として野球選手になったり、97年シーズン中に4試合しか出てませんが、マーリンズ初のワールドチャンピオンリングを持っていたり、93年ワールドジュニアチャンピオンシップ出場時の金メダルチームはキューバで、そこには97年マーリンズ世界一の原動力だったリバン・ヘルナンデスがいたといういろいろなストーリーを持つ、ジョシュ・ブーティー選手。

 

マーリンズファンでも見落としがちな隠れた名選手と言ってもいいのではないでしょうか?

 

 

| 二刀流 | 18:55 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
二刀流 その1

 

プレイオフ真っ盛りで盛り上がる野球界ですが、今回は二刀流選手のお話し。

 

もちろん、ファイターズの大谷選手こそ、マンガ顔負けの二刀流選手ですが、メジャーの世界でもここまで投打に支配的な二刀流というのはさすがに見当たりませんね。

 

大谷選手程ではないものの、こんな選手がいたことは過去に紹介しました。

野球人 その3へ

 

少し見る向きを変えればこんな過去の紹介選手も二刀流でしょうか?

野球人 その2へ

 

そんな定義でいえば、、、

まず、メジャーの二刀流といえば、、

 

 

この人、パット・ベンディット投手ではないでしょうか?

 

グレッグ・ハリス投手以来の左右両投げ投手として、メジャーで活躍しました。

ヤンキースに2度ドラフトされプロ入り、マイナー時代には、スイッチピッチャーVSスイッチヒッターのニュースで話題を集めるも、メジャー昇格が難しいかと思われましたが、WBCイタリア代表経験などを経て2015年アスレチックスでデビューし、オフにはブルージェイズに移籍、今年はブルージェイズでプレーし、シーズン中にマリナーズに移籍してます。

 

とはいえメジャーでは今季2チームで15試合、ブルペンながら22イニングで13与四死球、5本塁打を浴びるなど苦戦してます。

通算2勝の変わり種投手とはいえ、こういう選手がプレーしているのが、面白いですね。

 

異論があるかもですが、90年代後半から2000年代にかけては、こんな選手も活躍しました。

 

 

97年ドラフト2巡目でカージナルスの指名を受けてプロ入りしたリック・アンキール投手です。

99年にはメジャー昇格し、翌00年には11勝を挙げ、ローテーションの軸にもなりつつあったエース候補でしたが、シーズン終盤から突如制球が乱れ、ストライクが投げられなくなる状態に陥り、翌年6試合で1勝しか挙げられない時点で故障者リスト入り。

2年後ブルペン投手として平凡な成績に終わると、投手時代から定評のあった打撃センスと強肩を活かし、外野手として一から出直しを図ります。

 

 

3年後、選手の移籍が盛んなメジャーの世界で、同じカージナルスで外野手として復帰。

二けた本塁打(11本)をマークし、08年には25本塁打を放つ主軸打者となりました。

また、投手で苦労した経緯を知る地元ファンからは、見事な野手への転身は称えられスター選手として活躍しました。

強肩で捕殺リーグ3位になることもあり、13年までメジャーでプレー、メジャー通算13勝、76本塁打という251打点と記憶に残る選手になりました。

 

また、99年6巡目にアストロズからドラフトされたジェイソン・レーン外野手も紹介しましょう。

 

トム・シーバー、ドン・サットン、ランディー・ジョンソンという殿堂入り投手にブーン兄弟やマーク・マグワイアというエリート選手の出身校である名門サザンカリフォルニア大出身で、同じ大学で同時期に活躍したモーガン・エンズバーグとアストロズの主力としてプレー、05年にはシーズン26本塁打をマークし、ワールドシリーズ進出に貢献。プレイオフでも本塁打を放ち、守っては左投げ右打ちと言う珍しい野手ながら強肩が売りの外野手として活躍しました。

 

07年から成績を落とし、パドレスに放出されるとマイナーを転々とし、その間10年、11年にはマイナーでブルペンで数試合投げながら外野手として出場。なんとかメジャー復帰の道を探りました。12年、13年と独立リーグのシュガーランドで先発投手としてプレーすると、シーズン終盤にメジャー球団からマイナー契約を提示されるようになりました。

 

 

14年には、シーズン通してパドレスのマイナー、エルパソで先発投手としてプレーすると、なんとシーズン中に投手としてメジャー昇格を果たし、先発1試合を含む3試合で登板する機会を得ました。またマイナーでは登板がない日に複数試合で外野手としてもプレー3本の本塁打も記録しました。普段シーズンを諦めたチームが終盤に話題の選手をマイナーから呼ぶのと違いシーズン中の先発投手の故障の代わりとしてプレーしたあたりが、投手としても評価されていた証ではないでしょうか。マイナーではシーズン9勝をマーク。

 

15年も継続し、エルパソで先発を務めていましたが、今度は昇格なくシーズンを終えたものの、投手として10勝の二けた勝利をマークしました。

 

ちなみにその頃のエルパソでは、

 

 

元阪神のコンラッドもプレー。

 

更に後に日本でプレーすることになる

 

 

阪神のマテオ投手や

 

 

カープのジャクソン投手もチームメイトとして在籍しました。

 

結局15年シーズンを最後に選手としてのキャリアを終えました。

今シーズンは、ブリュワーズのアシスタント打撃コーチに就任しましたが、2Aのスプリングトレーニングのエキシビジョン試合で代打で本塁打を放つという、なんとも特異な才能を発揮し続けています。

(なぜプレーしてるの?って感じですが、、)

 

マイナー、独立、ウィンターリーグ合わせて通算43勝で、メジャー、マイナーすべて合わせて通算232本塁打という成績と17年に及ぶプロキャリアは立派の一言です。

 

でも、それって二刀流よりコンバートでしょ?

 

と言いたくなるところですね。

 

ではもうひとつ見る方向を変えた二刀流を最後に、、

 

 

 

その男は、ライガーと呼ばれた男です。

 

あ、山田恵一さんじゃないですよ。。(わかってるって?)

 

この人です。

 

 

89年にカージナルスで8試合。90年にタイガースで1試合に登板したマット・キンザー投手です。

 

先発としては、わずか1試合、通算0勝2敗で、マイナー通算も7年で35勝の投手の二刀流は、なんと別のスポーツです。

そう、ボー・ジャクソンやディオン・サンダースという有名どころと同じ、アメリカンフットボールのNFLでプレーしました。

 

ちなみにチームはデトロイト・ライオンズ。しかも87年のストライキになったシーズンに1試合だけパンターとして代替選手としてプレーしました。わずか3週ほどのストライキでしかも代替選手として1試合のプレーと言うことで、先のジャクソンやサンダースほど二刀流という有名選手にはならなかったですが、デトロイトのライオンズ(フットボール)、タイガース(野球)という2チームでプレーした史上唯一の選手です。そう、ライオンとタイガーを合わせてのライガーと呼ばれた男なんです。

 

野球のキャリア終了後は、レイズのスカウトや選手のエージェント(ラトロイ・ホーキンスなど)となり、息子テイラーの大学のコーチを務め、エンジェルスからドラフト指名される選手に育てたり、またマーリンズやブレーブスのスカウトにもカムバックし、二刀流以外にも渋い働きをしました。

 

 

どうでしたか?こんな二刀流もありですか??

 

また定期的にマニアックな二刀流として、いろんな選手を紹介したいと思います。

 

 

 

 

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